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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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意義

「こんにちは・・・・」

クラウドが医務室に顔を出す。


「ん?おう、クラウド君か。まぁ入って・・・と言いたいところじゃがの、チャイム君は今、昼寝しとるわ。そっちに行くと邪魔になるで、こっちに来なさい」


クーロン先生が、クラウドを机の方に案内する。


「そうですか・・・」

クラウドの顔が曇る。


クーロン先生は『昼寝』と言ったが、おそらく『それ』は鎮静剤の作用だろう。あれだけの怪我だ。痛みが引かなくて当然とも言える。


「ああ、そんな処では話も出来ん。こっちに来てな、まぁ座りなさい」

クーロン先生が椅子へのところへ手招きをした。


「ありがとうございます。実はあの・・・異動になったので、今日は挨拶に」


「異動?・・ああ『越冬の出稼ぎ』か。ま、そう(かしこ)まるほどのモンでも無いさね。何処へ行きなさる?資源調達本部?ああ、アルバトロスんところか。そうかい、そうかい。いい勉強になるじゃろて」


クーロン先生は退屈なところに来た客人を相手に、何時になくご機嫌な様子だった。


「あの、僕、地球に居た時にクーロン先生の話を聞きました。あの、『頼りになる人だから』って」


「はははっ!そうかい、そうかい」


『患者が昼寝しているから』とはクーロン先生自身が言ったことだが、自分自身はそれを完全に忘れたかのような闊達な笑い声だった。


「それで・・・医療班の人に伝言を頼まれたんです。『あまり飲み過ぎないように』だそうです」


うんうん、と嬉しそうにクーロン先生が頷く。

「そうかい。そりゃ有難うな。何、火星(ここ)じゃぁロクに酒も飲めんでの。地球に居るより節制できるわ」


「先生はアルコールは何を飲まれるんです?」


クラウドの問いに、クーロン先生が腕を組む。

「ワシはのぉ・・・ワイン専門なんじゃ。ホントはの」


「ワイン・・・ですか」


「うむ。昔からワインは大好きでな。けど、何せこのご時勢じゃ。農家は小麦や米のような穀物を優先して作るんで・・・嗜好品の葡萄を作ってワインにする醸造家が減っておってのぉ・・・今やワインは一部の権力者しか手に入らんちゅう貴重品じゃて」


そう言って、クーロン先生が悲しげにため息をついた。


「そうですか・・・。少しでも何処かで手に入ると良いですね。・・・というか、先生は冬の間もこちらに?地球には戻られないんですか?」


それを聞いたクーロン先生がカラカラと笑う。


「ワシぁ火星(こっち)でええ。まぁ、病人・怪我人は何時出るか分からんしの。地球には若い医者もおらんこたぁ無いが、昨今は医者の成り手も減っておるでな。ワシが動けるウチはワシがやればエエ事よ。それに、ワシはもう地球には戻れん身じゃ」


「えっ・・・」

クラウドが絶句する。


「それは・・・どうして・・・?」


「何ぁに、トシのせいで身体がついてこんのよ。宇宙航海にな。特にゲートをくぐる時の加速がの。『心臓がついて来ない』のは、自分でよー分かっとる。何しろこれでも医者の端くれだからのぉ!」


そう言って、またカラカラとクーロン先生は楽しそうに笑った。


「そう・・・でしたか・・・」


この人が何時から火星(ここ)に居るのか定かではないが。

それでも地球に郷愁は無いのだろうか。戻りたいと思うことは無かっただろうか。懐かしい人に会いたいとは?『戻れない』というが、人はそうして諦めがつくものなんだろうか。

もしかして、遠い未来に人類が地球を『捨てた』としても帰りたくはならないのだろうか。


クラウドはそんな事を頭に思い浮かべた。そして、思いついたようにクーロン先生に尋ねる。

「先生、ひとつ聞いていいですか?」


「何じゃな」


「先生は、この火星移住計画に『意味』はあるとお思いですか?」


クーロン先生の口端がくっ・・・と上がる。笑うようで、笑うでもなし。


火星移住計画は簡単な事ではない。

それはクラウドが此処に来てよく分かったことだ。掛かるコストも莫大だし、人間も大量に投入されている。

それに人的被害も少なくない。本当にそれだけの価値が火星(ここ)にあるのか。クラウドには疑問だった。


「・・・えらく直球な質問じゃの。ま、アカツキが『聞いてる』とは言え、フェニックスは言論の自由を保証しちょるからエエとは思うが」


「すいません・・・ですが、他に『この問い』を聞くのに適切な人が思いつかなくて」


うーん、とクーロン先生が上を向く。

「さて、何処から話すもんか・・・」


そして、(おもむろにクラウドの顔を見る。

「クラウド君。君はジャパンの出身だそうじゃの?その昔、ワシが若かった頃のトーキョーに『自然史博物館』っちゅうのがあったわ。そこに古今東西の動物の剥製が何万体も保管されておったんじゃ。ま、今も多分あるじゃろう」


「剥製ですか・・・え・・・何のためにそんなものを?」


「そこの学芸員曰く『特に理由は無い』のだそうじゃ」


クラウドが妙な顔をする。

「理由が無い・・・とは?」


「つまりな。『この先、10年後・1000年後になった時にでも、これらが必要にならないという保証は無い』っちゅう事じゃの。だが『失ってしまえば、二度と手に入る事はない』とも言えるんじゃ」


ふと、クラウドには思いついた事があった。

「そう言えば、ティラノサウルス種はイリエワニのDNAから作ったと聞きました」


「うん・・・何しろ太古の恐竜そのものは骨とか僅かな状況証拠しか残っておらんでの。後は全て人間による『想像の産物』じゃ。『失われる』とはつまり、そういう事じゃな」


クーロン先生が机に置いてあったコップを手に取る。


「なるほど・・・」


「だが、『現時点』で遠い未来に『何が必要になるのか』は誰にも分からん。その時になってみんとな・・・じゃから『備えておく』んじゃよ。意味はなくとも」


コップの中身はコーヒーか何かだろうか。クーロン先生が中身をすする。


「では・・・火星移住計画も『備えておくため』だと?」


「少なくとも選択肢(オプション)のひとつではあるの。人類が永続するためのな。この先、人類全体がどのような選択をするのか。ワシには分からんし、興味も無いわい。それは先の世代が決めるこっちゃ。だが未来のために『用意』はしといてやらんとな・・・」


遠い未来で。人類は何を選択するのだろうか。


惑星移住は簡単な事ではない。何しろ地球と全く同じ環境は望めないのだから。人類はそれでも火星を踏み台にして外宇宙に乗り出すのだろうか。

それとも地球に残って、地球や太陽と運命を共にするのだろうか。それはクラウドにも分からないことだ。


「お忙しいときに、すいませんでした」

クラウドが席を立って頭を下げる。


「何、またこっちに来たら顔を出すとエエ。ああ・・・それとな、さっき君は『意味はあるのか』と聞いたの。ワシはのぉ『それ』は人生と同じじゃと考えておる。

人生っちゅうのは『生きている事に意味がある』んじゃぁなかろうて。『意味のある生き方を、その人がしておるかどうか』じゃ。そうは思わんかね?」


優しく、クーロン先生が微笑む。


それはつまり「今のクルー達が、この火星移住計画を将来に向かって意味のあるものに出来るかどうかが問われておるぞ?」という言外のメッセージであると、クラウドは受け取った。


「・・・有難うございます。期待に応えられるよう、頑張ります」







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