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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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衛星

「ええいっ!一体、どうなってるんだ?有事対応本部からの増援は何時来るんだ!」


プロジェクト・マーズ火星本部のサテライト部隊は、火星の地表から約400km上空に浮かぶ宇宙ステーションの中に居を構えている。ここでの任務は火星任務全体の総指揮や輸送、天文観測などだ。


火星本部の総責任者であるアルタイル本部長の席も此処に置いてある。

今は余程いいのだが、昔は火星地表があまりに過酷で不安定だったことから、全体指揮は衛星軌道上から行うのが慣行なのだ。


「・・・で、有事対応本部は何と言って来ているんだ?」

アルタイルはイライラを抑えきれない様子だ。


「それが・・・『出撃準備中』のまま、期限については回答がありません」

通信班が申し訳なさそうに答える。


「アカツキ!どういう状況なんだ?!」

アルタイルの怒りはアカツキに向けられた。


"委員会が『待った』をかけています"

アカツキが答える。


「待ったを掛けている?どういう意味だ、プロジェクト・マーズ委員会の許可は貰っているぞ!」


"いえ。プロジェクト・マーズ委員会ではなく、その上のプロジェクト・サステナビリティ委員会の方です"


「チッ・・・!」


有事対応本部とは、要するに『戦力』だ。

事態が混乱を極めて収拾がつかなくなった時に、圧倒的武力をもって制圧するための最終手段だ。そのため、その指揮権限はプロジェクト・マーズ委員会に権限を与えている『プロジェクト・サステナビリティ委員会』に管轄されているのだ。


"委員会は『権限はこちらにある』として難色を示しています"


「ふざけるなっ!」

アルタイルが大声で怒鳴る。


「この期に及んで権力闘争する気か!まったく・・・これだから、棺桶の底を両足で蹴り破ったような死に損ない共は嫌いなのだ!」


とは言うものの、確かに有事対応本部そのものはサステナビリティ委員会の指揮下だから、こちらから直接に要請は掛けられない。アルタイルのイライラは増すばかりだ。


「・・・委員会は、まだ他に何か言いたいことでもあるのか?」


"有事対応本部は、監査機関の配下に位置します"


「知っている。それがどうした!」


"そのため、委員会は有事対応本部を動かす前に、今回の件について監査機関による特別監査を要求しています。その結果待ちだと"


アカツキの返答を聞いたアルタイルは下を向き、フー・・・と力なく息を吐いた。


「・・・何という・・・何という浮世離れしたヤツらだ・・・一刻も早く対処しないといけないというのに・・・地上本部の業務がどれだけ止まっているのか、連中は理解していないのか!」


"地上本部のクルーは『有事対応班の出撃』に期待しています。それが中止となれば、彼らのモチベーションに大きく響くでしょうね"


「だから・・そこをどうにかしろよ」

独り言のように、アルタイルが言う。


"交渉はしてみます。ですが、最終意思決定権限は人工頭脳(ブレイン)ではなく、飽くまで生身の人間である委員会にあります"


「クソッタレが!」


「・・・お荒れになるのは分かりますが。もう少し言葉を慎まれた方がよろしいかと」

アルタイルの悪態に、サテライト部隊長のデスクがたしなめる。


「ふん。構うものか。聞いてるのはアカツキだ。アカツキは私の配下だぞ?」

プイっと、アルタイルが横を向く。


「連中の腹の中は読めとるわ。ヤツらは『責任者』を吊るし上げて事態の収拾を図る魂胆だよ」


吐き捨てるかのようなアルタイルのセリフに、アカツキが正論を返す。


"お言葉ですが。故意か、もしくは余程の重過失でも無い限り、個人の責任で片付けても対策にはなりません。責任者ではなく原因を特定して対策しなければ、別人に替わっても同じ事が起きるからです"


「分かってるわ!しかしだな・・」


"おそらく、地球の人工頭脳(テラ)も同様のアドバイスをするでしょう"


「・・・してもムダだよ」

アルタイルはドン、と壁に寄りかかった。


「サステナビリティ委員会のおエライさん方の評価をするのはブレインではなく、国連のトップとか、各国首脳、それにスポンサーとか世論・・つまるところ『人間』なんだ。

ヤツらは合理的な判断なんてしやしない。あくまで『気が済むかどうか』という感情論で判断するんだよ。だから『生贄』が必要なんだ」


それだけ言うとアルタイルは少し落ち着いたのか、グイっ・・・と姿勢を戻した。


サテライトは宇宙空間に浮かんでいるから重力はない。

だが、その環境下で長く生活すると健康に影響が出るので、サテライトに居住する人間には特殊な磁力を発生するスーツの着用が義務付けられている。それによって、地球ほどではないが『床面』に身体を押し付ける『疑似重力』が得られるのだ。


「まぁ・・・いい。何れにしろ、イザとなったら『こちら』で何とかするしかない。アカツキ、『アレ』の進捗状況はどうなっている?」


"130(イチサンマル)型"の完成は1ヶ月先の予定です。装備科から特注依頼して貰っているポンプの開発が遅れています"


「急がせてくれ。私の方からも資源調達本部長(ヴェガ)に言っておくよ。・・・それと、だ」


やれやれ、と言いながら億劫そうにアルタイルが言葉を繋ぐ。

「『欠員』を補充せにゃならん。アカツキ、管理科に1名の補充を申請しといてくれ」


"その件については既に各ブレインを通じて、クルー達に事前リサーチをしていますが、総じて芳しくありません。事故があったばかりで、クルーの意識が火星への異動に対してネガティブです"


「・・・っ!」

アルタイルが言葉にならない舌打ちをする。


"『せめてグリーンが排除されないと、危なくて火星任務には付けない』というのがクルーの総意と見てよろしいかと。特に、高技能者にはその傾向が顕著です"


「ぐっ・・・全く!胃が痛いわ。それが出来たら苦労せん。仕方ない、この際だ。何でも良いからとにかく1名、何処からか調達出来ないか?人員不足だけは放置出来んからな」


それに対するアカツキからの返答は、やや間があった後だった。


"人工頭脳(テラ)に確認をとりました。『何でも良いから』という条件緩和であれば、可能性のある人材が1名居ます。ただし、機重の初級ライセンスも有りませんが"


「構わん!」

アルタイルの大声が司令室に響く。


「ライセンスなら、こちらでも何とかなる。どんな手を使ってもいい。とにかく、すぐに寄越せと伝えてくれ!」


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