表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
2/70

新人

新入生達の緊張した面持ちを観ると、教育係のダックスはいつも自分が最初に此処へ来た時の気分を思い出す。不安と期待が綯い交ぜになったというか。


しかし今年は特に、新入生たちの表情が固い気がする。まぁそれも仕方あるまい。

『あんな事』があったばかりで、怖さがあるのだろう。『外』にそうした情報が流れることは無いが、組織の内側で隠すことは出来ない。


「はい皆さん、おはようございます。私は当面の間、皆さんたちをエスコートする係を勤める・・・ここでは私を『ダックス』と呼んでくだされば結構よ。

後で皆さんにも決めてもらうけど、ここではクルー達・・・職員のことだけどクルー同士を『バース・ネーム』と呼ばれるニックネームで呼ぶ習慣があるの。よろしくね」


ダックスはそう言ってニッコリと笑って見せた。少しでも、安心させないと。


「皆さん、改めまして『国際宇宙開発機構・フェニックス』にようこそ。私達クルーは皆さんを歓迎するわ」

ぐるり、とダックスは総勢65名からなる新入生の顔を見渡した。いくらかは、彼らの表情が和らいだ気がする。


「最初だから此処の事を色々説明しなきゃ、なんだけど・・・でもその顔を見る限り、皆さんが聞きたいのは『この間起きた事故の話』よね、とりあえず。違う?」


こういう時は彼らの最も聞きたいであろう事に直接向かい合うのがイチバンだと、教育研究班では決められている。

新入生達は一様に困った顔をしているが、それでも否定的雰囲気はなかった。


「・・・昨日、此処に着いてから周りで騒いでいるのを聞きました。とりあえず、事故の話は本当なんですか?」

おずおずと、新入生から質問が出た。


「ええ。残念ながら、本当の話よ。現地で殉死したジャッカルは私の同期なの。正義感の強い人でね。自分ひとりだったら耐えられたかも、だけど・・・背後に後輩が居てね。その子を庇うために・・・」


「・・・何故ですか?」

女性の新入生のひとりから当然すぎる疑問が出る。


「私には・・理解出来ません。だって、火星に居る生物は全て人類がDNAを『デザイン』して管理してるんですよね?だったら、何でそんな事に?人間を襲わないようにだって出来たハズです」


確かに。普通に考えればその通りだと、ダックスも思う。人が死んで良いという理屈はありえない。しかも、多くの訓練を積んだ貴重な人材なのだ。


「・・・ええ、その通りだわ。やろう思えば『可能』よ、それは。現に同じティラノサウルス種の『ターコイズ』はそのようにデザインされていたしね。・・・『グリーン』に殺されて死んでしまったけど」


現実を語るのは、何時の時代も辛い事だ。そんなに良い事ばかりの『夢の国』は存在しないのだと認識させなければならない。


「でも、思い出してちょうだい。私達フェニックスの最終目的地は『火星』ではない事を。火星のフォーミングは飽くまで技術と運用を確立するためのテストケースでしかないの。

仮にこの先、私達人類が系外惑星に乗り出したとして、その先に先住生物が居ないという保証は無いわ。むしろ、生存に適した環境であればあるほど、その可能性は高くなるの」


だが、辛くても現実を隠さずに語ることが、逆に信頼感を高める結果になると教育研究班は考えている。隠し事をすると、そのことが逆に不信感と対立の構図を生んでしまうのだ。宇宙では仲間同士の信頼関係こそが命であり、全てだ。


「・・・」

新入生達は黙って下を向いている。


「その時、私達は先住生物と生存を掛けて戦わないと、ね。それは地球に居てライオンや熊を相手に縄張りを築くのと、本質的に変わりはないわ。戦いは何処に居ても避けて通れない宿命なの。

そのためには、彼ら火星の生物種が必要以上にフレンドリーであっては意味が無いのよ。私達は戦う術を構築しないと。それも、現生人類が戦った経験の無い手強い相手と、どう戦うかを向き合わないとね」


ダックスはそこまで語って、少し間をおいた。


新入生達の表情は固いままだ。しかし、何とかして現実を受け入れようとしているようにも見えた。とりあえず、怒りに任せて席を立ってここから去ろうというヤツはいない。


「無論、だからと言ってフェニックスとしても『仕方ない事故』で流すつもりは無いわ。仲間の人命が最優先なのは当然だから。今、現地ではジャッカルを殺したティラノサウルス種・グリーンを駆除する討伐隊が組織されているし、有事対応本部からも今回は『戦力』として応援が出るそうよ」


新入生の何人かは、そう遠く無いうちに何れ火星の地に降り立つだろう。

そこは想像以上に過酷な現場だ。テレビで広報活動している映像では夢のように見えるかも知れないが、毎年何人もが重傷を負ったり精神に異常をきたして送還されている。それでもまぁ、遺体として帰るよりかはマシだろうけど。


「これだけは覚えておいてね」

ダックスが新入生に語りかける。


「テレビで火星の現場を広報してるから『それ』を見た憧れからフェニックスを目指す人は多いわ。でもね、採用試験の時にも説明があったと思うけど私達の死亡事故率は・・・一時期よりは減ったとは言うものの、決して事務職のような低確率ではないわ。

世間では火星の地上部隊勤務は『夢の職業』と言わてれるらしいけど、相応の対価があることは覚悟しておいて」


空気が重いなぁ、とダックスは思う。何しろ最初の一発目が『それ』だから。もっと楽しい話とかあって、それからなら話も変わるだろうが。


「さて・・・この話について、まだ聞きたい事があれば。もっとも、まだ現地でも情報が錯綜しているから、私が知っている範囲に限られるけど?」

新入生達から質問は出なかった。知りたくもあり、知りたくもなし・・という処が彼らの本音であろう。


「OK?では、次に『自由の範囲』について話をするわ。フェニックスでは基本的に皆さんの自由を尊重するの。思想、宗教、言論、表現、通信、その他、フェニックスの規程に定められた服務に違反しない限り、その自由は保証されていると思ってください。それから・・」


一拍『間』を置くのは、彼らの集中を取り戻す効果を期待してのものだ。

「恋愛も、ね」


いたずらっ子のようなダックスの言い方が、新入生達の目尻に少しだけ綻びを与えた。


「フフ・・でも、勿論だけど一方的な『セクハラ』はNGよ?自分に与えられるている『自由』は他人も同等の権利を有しているわ。だから、自分の自由を尊重して欲しければ他人の自由も尊重しないとダメ。価値観の押し付けは認められないの。分かるわね?」


ダックスは諭すように、新入生に語りかける。

「・・・でも、ひとつだけ。大事な『自由』が此処では認められていないわ。何だか分かる?多分、採用試験の時にも注意事項としてあったと思うけど?」


はい!と、ひとりの新入生が手を挙げる。

「自己都合での退職が認められていなかったと思います」


「その通り」

ダックスが大きく頷く。


「これは遠洋漁業なんかと同じ。外洋で突然『私、帰ります』と言われたところで『はい、そうですか』と、漁を中止して帰港出来ないでしょ?

同様に私達のプロジェクトも必要最小限の人数でこなしてるから、途中棄権は原則的に認められないの。それは理解して欲しいわ。仮に『どうしても』という時には、別部署に異動という事になると覚えておいて」


新入生たちがメモにペンを走らせる音がする。


「フェッニクスは総勢5000名からのクルーが働いてるけど、実はその約半分が資源調達本部での『宇宙船製造』担当だったりするわけ。極力、外注からの部品に頼らないようにするのも、そうした技術の構築と継承のためだと考えてくれればいいわ。

そんな具合に私達の職場・仕事は多岐に渡るから、ある意味『職業選択の自由』があると言えばあるわね」


ふぅ・・とダックスは小さく溜息をついた。どうにか、息苦しかった空気が普通になってきたなと思う。ペースを掴んだというか。


「さて・・・では、あとひとつだけ『バース・ネーム』の話をしてから休憩に入ります。さっきも言った通り、此処では本名を使わず『バース・ネーム』でお互いを認識します。その由来を、誰かご存知かしら?」


ダックスが促すと、新入生から声が上がった。

「『オリジン12』です」


「そう。知っていてくれて光栄だわ。火星でのミッションを遂行した『最初の12人』それがオリジン12よ。彼らの時代は地球から火星到着まで半年も掛かったわ。その間、12人は全くの孤立。その時、お互いの信頼関係を強固なものにするために『お互いをニックネームで呼びあおう』と始まったのがキッカケなの」


オリジン12の話は英雄譚として、何度か映画にもなっている。知っていても不思議はないというか、此処に来る人間としては当然の知識というか。


「極限の環境下にあって、彼らは性別・人種・年齢差・立場、又は言語や価値観の違いを乗り越え『一致団結』するために『私達は新しい家族として、此処に生まれた』と宣言したの。それが『Birth-Name』。宇宙を意味する『Universe』にも掛かってるわね」


宇宙が『Uni』ではない事は、オリジン12の時代でも薄々は分かっていた事だ。彼らがあえて『Universe-Name』としなかったのも、そういう先見性があったのかも知れない。


「私達のような歴代クルーは、彼らをとても強くリスペクトしているわ。そのため彼ら以降、全てのクルーはバース・ネームで呼ばれるの。そして、年ごとにテーマが設けられる。ちなみに私の時には『イヌ科の動物』だったの」


こうしたテーマの設定には名前を聞いた時に『いつ頃メンバーに加わったクルーか』を比較的簡単に特定できるというメリットもある。例えば『ジャッカル』は『ダックス』と同期だという具合に。


「さて、今年のテーマを発表します。今年は『気象現象』になりました。何にするかは、皆んなで話し合ってね?被らなければ、それで良いから。では、休憩にします」


ダックスはニッコリと笑って、その場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ