暇有
「ふぅ・・・相変わらず、デカいなぁ・・・」
月に着いてからのクラウドは暇を持て余していた。
何しろ、彼の月での仕事は『除菌』であり、そのために何かをするワケではなく、ただ只管に無菌室で時間を潰す他ないのだ。
そのため、クラウドは折を見ては月前線基地の宇宙船発着場が見える展望室に足を運び、ぼうっと宇宙船の出入りを眺めるのが日課になっている。
「やぁ・・・やはり、此処に居たのかい?」
アクアマリンが後からやって来た。
「ええ、あの・・・お祈りの時間を邪魔しては、と思って」
サダ教の信徒であるアクアマリンは1日に数回、お祈りの時間をとっている。
「悪いね、いつも気を遣ってもらって。助かるよ、贅沢は言えないけど周りに誰もいない方が集中できるし・・・ああ、惑星間貨物船を見ていたのかい?」
アクアマリンも窓の外を眺める。
窓の外には、巨大なコンテナ車のような形をした貨物船が延々と連結されているのが見える。その先端は視界から切れてしまうほどに長く連なっていた。
「アレは・・・タイタンとの間を往復している便だね。タイタンからはメタンを運んで来てるから」
2900年代に入っても、人類は化石燃料からの完全脱却には至っていなかった。扱いに簡単なエネルギーだから、小回りに優れるのだ。
また、宇宙船を動かすスラスターの燃料にも、メタンは必要不可欠であった。
しかし地球に残存してるメタンを採取するには環境問題もあるし、何よりコストの問題が大きい。そのため、ワザワザ土星付近まで行って採取しているのだ。
月前線基地は、太陽系の各惑星間を移動する宇宙船にとって『ハブ空港』の機能を持つと言えた。
月の軌道外周には火星、金星、土星外縁にそれぞれ繋がるゲートが周回している。
そのため、例えばエンケラドスから採取した水を火星に送る場合にも、一旦は月の前線基地まで持ち込んで、そこから火星に送り込むのだ。
「こうして見ると、月も随分賑やかになったんですね」
クラウドが、貨物船の周囲を忙しそうに動き回るスタッフを見ながら呟く。
「そうだねぇ。昔は月で人が働くなんて考えもつかなかったんだろうけど。・・・そう言えばアレか。2000年以上前に書かれたという世界最初のSFには『月に住むプリンセス』が登場するとかって聞いたけど」
「え?ああ、竹取物語ですね。住んでいた・・・というか、『帰った』というか」
どうも、アクアマリンは少し何か勘違いをしているようだ、とクラウドは苦笑いを浮かべる。
「ああ、そうそう。何かそういう話だったよ、うん」
アクアマリンの記憶はかなり曖昧な様だが、特に修正する気も無いようだ。クラウドとしても、ここで熱心に説明する意味も無いので、話題を変えることにした。
「しかし、どうなんでしょうね実際。本当に『宇宙人』は居るんでしょうか?」
「どうかなぁ・・・何しろ人類は『宇宙に進出した』とは言っても、たかが太陽系の中だけでウロウロしているだけなんだし。宇宙全体は遥かに広大だからね」
昔、太陽系でも『生命が居るかもしれない』と言われていた時期があった。
だが、実際には火星でも『太古における微生物の痕跡らしきもの』はあったが、ハッキリとした形での発見には至っていないし、星全体が氷と水で深く覆われているエンケラドスでも、水中における溶存DNA等を調べた結果『生命反応なし』という結論であった。
この結果は、地球外生命体を研究しているグループにとって大きな失望をもって迎えられたと言ってよかった。
宇宙に知的生命が存在する確率が、遥かに低くなったからだ。そのため、『生命は単に材料と環境だけの問題では無いのではない』というのが、最近の学会における主流になりつつある。
「ねぇ、クラウド君。『サダの教え』ではね、生命は『意思と肉体の融合』だと考えるんだ。DNA構造にしても、自己複製のプロセスにしても、生命が持つ複雑怪奇なシステムは『偶然』で出来たにしては、あまりに良く出来すぎているんだよ」
そう言えば、シバが『サダ教は物理法則そのものを神として崇める』と言っていたな、とクラウドが思い返す。宗教と科学の混合というか。
「だから、『そこ』には意思があるんだと、サダでは考えるんだ。『意思が身体を模索するのだ』とね。
無論、生命にとって環境は大事だけど『意思』はバラバラで居るより集まった方が効率が良い・・・だから、地球近辺の『意思』は全て地球に集まったのだ・・・とするのがサダの考えだよ」
「だとすると」
クラウドとがアクアマリンに問う。
「地球から『近くない』ところでは、別の生命体が居ても不思議はないと?」
「・・・断定はしていない。どちらともね。ただ、科学的に言えば例え知的生命体が居たとしても、それは我々の考えるような姿や大きさでは無い可能性の方が遥かに高いだろうね。多分、共存は困難なほどに違うだろう。」
アクアマリンの視線はボンヤリと外を見つめている。
「何か・・・子供の頃には『宇宙にはグレイのような宇宙人が居る』と思ってましたけど。ほら、絵本の挿絵とかがそうですし」
「絵は、ね。けど現実はそんなに簡単じゃぁない」
アクアマリンはサラっと否定してみせる。
「最大の理由は重力だ。仮に地球よりも重力が2割でも弱い星から来たら、いきなり体重が2割増えるわけだから・・とてもまともには動けないよ。それが1/2とか1/3とかになれば、更に順応は大変になる」
なるほど、50kgの人間が10kgの重りを持たされれば、動作はかなり緩慢になるだろう。
「後は大気環境の問題もある。人類で言うならば酸素の含有率は当然としても、火星は雑菌に至るまで管理しようとしてるから良いとして、相手の星に居る細菌に地球人が対応出来る保証はないよ?惑星移住ってのは、それほど簡単じゃないんだ」
「・・・・・」
クラウドは暫く、黙ってからアクアマリンに尋ねた。
「仮に惑星移住が非・現実的だったとして・・・じゃぁ、僕達は何を目指して居るんでしょうか?」
その問いに、アクアマリンは何も答えようとはしなかった。
NASAとロシアが協力して、月軌道上に火星への足がかりとなる基地を作る、という構想があるというニュースが出てました。
いやぁ、人間が考える事というのは似ていますね(笑
「地球の重力を振り切る」のと「火星へ旅する」のを一気に行うのは、やはり無理があると思います。
それはエンジンの違いです。
地球から出るには短時間で爆発的なパワーが出るエンジンが必要ですが、宇宙に出たらパワーよりも燃費が問われます。何しろ、無給油で何ヶ月も飛ばないといけないので。
すると、人間を運ぶには宇宙船そのものを『乗り換える』方が、現実的なんですね。