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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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襲来

「人類文明は、あと2000年で消失する」


2050年代、世界中で稼働する主なAIが一様に出した答えは「このままでは最大限延命したとしても、2000年後には全ての人類文明は衰退して消失する」という衝撃的なものだった。


その場合、今日のような機械文明を構築する機会は永遠に失われ、地球に誕生した全ての生命は何れ地球の衰退とともに終焉を迎えることになるだろう。


地球が人類その他の地球生物を育む能力を失う前に、人類は新たなフロンティアを開拓し、数十億年先、いや数千億年先へも生命を繋げる為の遥かなる旅路への支度をする必要に差し迫られていたのだ。

そのための試金石として、人類は『火星』への移住計画を開始する。


それから850年もの歳月が過ぎ、人類は辛うじて火星に居住可能な環境を整えつつあった・・・


< 西暦2900年 地球、東京 >


激しく人が往来する街中で、一際に目を引くビルがある。道路に面した1面の全体が映像用のディスプレイパネルになっているのだ。


画面には延々と広がる原生林と、その向こうに湖のようなものが微かに見える。火星のライブ・ビューイングだ。火星の地上部隊基地についているカメラの映像を、量子通信によってリアルタイムで流しているのだ。


"はい、皆さん!こんにちわ。こちら火星のアカツキです"

音声案内は道行く人々の耳につけたヘッドレストにしか届かない仕組みだ。


"今日も火星はいい天気です。おや?向こうの湖にプロントサウルス種の群れが見えますよ。少しカメラをズームアップしてみましょう。今日は皆さん、運が良いですね"


「ママー、見て見て!ほら、恐竜さんがいるよ!」

道行く小さな子どもが母親の手を引く。


「ほんとね、こんなにいっぱい居るのを見たのは初めてだわ。火星も、ホントに環境が良くなったのね」

片手で日差しを遮りながら、母親はディスプレイを見上げている。


「ママー。ボクね、大きくなったら火星へ恐竜さんたちを見に行くんだ!」

小さな子どもは、そう言って目を輝かせていた。


「そうね、楽しみね。きっと行けるわよ」

母親は微笑んで、大きく頷いた。




< 同時刻 火星、地上本部からおよそ50kmの地点 >


ガササ・・・

パキッ・・・パキッパキッ・・・

ウィィィィィィ・・・ン・・・ウィィ・・・ン・・・

ザザザザー・・・・!


鬱蒼と生い茂る原生林の中を縫い、僅かな木々の隙間から辛うじて届く僅かな木漏れ陽が足元を照らしている。


そんなジャングルにあって、まるでクレーンの運転席へ無理矢理に機械の手足を付けたかのような形状をした『機重』が四苦八苦しながら前へと進む光景は、ある種の違和感があると言えよう。


或いは、その後ろから着いてくる別の機重の方が無限軌道で走行するだけ、まだ『それらしい』と言えなくも無かった。


この辺りは地上本部からも遠く、以前に整地されてから随分と時間が経ってしまっていた。そのため、成長の早い樹木が機重2台の行く手を嫌らしく阻んでいるのだ。


「せめてな・・・もっと計画的に・・・こう・・・刈り込みとかしてくれてりゃぁ・・・こんな苦労もしなくて良いんだが・・」

前を進む方の機重を操縦する、ジャッカルの口元から自然と愚痴が溢れるのも仕方無いと言えよう。


「ハァイ!ペース遅いわよ?お疲れかしら?」

後方からジャッカルを追従してくる機重から無線が飛ぶ。


「ポニーか?ふん!樹木の緑色がな・・・緑色が毒々しいんだよ。目がチカチカすらぁ」


「まぁ・・?それは仕方ないわね。何しろ火星の太陽光は地球の半分しか届かないわ。だからまともに光合成しようとしたら葉緑素も2倍必要なワケ。そりゃ、緑色が濃いのも当然よ。少しは慣れたら?」


「・・・」


無線を聞き流しながら、ジャッカルはマニピュレータを操作する手を不意に止めた。突然に『イヤな予感』が頭の片隅をよぎったのだ。


おかしい・・・何かこう・・・殺気のようなものを感じる・・・


今のところ、ジャッカルの機重に搭載されている各種センサーには何の反応もない。しかしそれらは、あまりにも旧式だし何より「気配」というヤツはセンサーで探知出来る類のものでもない。


"ピピッ!"


ジャッカルが陣取る操縦席のパネルに、地上本部からの通信を示す着信音がした。


"お元気ですか?ジャッカル"

抑揚の薄い声。火星専従の人工頭脳(ブレイン)アカツキの合成音声だ。


「あぁ、元気だよ」

ジャッカルは周囲に気を配りながら答える。


「・・・人工頭脳(ブレイン)に気を遣って貰うとはね。で、何か大事な用かい?」


"そう。あまり良い情報ではありません。ふたりとも良く聞いてください"


人間ではなく、ブレインが直接に連絡をしてくるのはネガティブな時だ。何故ならネガティブな情報を伝達する時に、ブレインは人間のオペレータのように遠慮したりせず必要な事を確実に伝えてくれるからだ。例え、どんな悪い事でも。


"『グリーン』のファミリーが近くに居る可能性が高いです"


「ええ!どういう事っ!?」

間髪をいれず、ポニーの驚いた声が無線から響いてくる。


「『グリーン』の縄張りは、もっと東の方じゃなくて?此処はむしろ『ターコイズ』ファミリーの縄張りのはず!」


少なからず、ポニーの声には動揺が見てとれる。

仕方あるまい。『グリーン』はとても凶暴なティラノサウルス種だ。その巨体は推定15mとも言われ、過去に何度も『事故』を起こしていている常習犯であり、その被害者は1人や2人ではなかった。


無論『事故』が起こるたびに討伐隊が編成されジャングルに送り込まれているが、恐ろしく知能が高い個体らしく、未だに駆除出来ていない。


ティラノサウルス種は群れで狩りをする習性があるので、常にファミリーで移動している。確認されている限り、彼のファミリーは少なくとも大小合わせて6頭。それが『近くに居る』と、アカツキは告げている。


「でも・・・でも、ターコイズは?ターコイズは縄張り侵犯を黙って見過ごしているのっ?」

ポニーは苛立ちを隠そうとしなかった。


ターコイズはグリーンを牽制する目的で『投入された』ティラノサウルス種だ。彼は比較的新型で、人間にはあまり興味を持たないようにデザインされた『割りと安全な』恐竜なのだ。


"残念ですが"

アカツキからの無線が続く。


"ターコイズは負けたようです。ターコイズに付けた発信機から生命反応が消えました"


「でも!」

ポニーの悲痛な叫びは続く。


「だからと言って、こっちに来るとは限らないでしょ?!」


"無論、演算結果の話だから100%ではありません。でずか、過去に我々は何度もグリーンに・・・"


バリバリバリッ!


突如、轟音を立てて目の前の木々が一斉に倒れた。


ポニーの反論虚しく、アカツキの演算結果は今回も正しい事が証明された瞬間であった。

ブレインが推論を説明するより早く『グリーン』が、その名前の由来を示す緑色の巨躯を、二人の前に表したのだ。


グルルル・・・・


眼前に居る怪物の喉の奥から、低く唸る声がする。


「野郎・・・前に見た時よりも、更にデカくなってやがるぜ・・・」

ジャッカルは操縦桿を握る手の震えを抑えきなかった。5年前、彼は搭乗機をグリーンに襲われて大怪我を負っていたのだ。


「いゃぁぁぁぁぁぁ!来ないでぇぇぇ!」

悲鳴とも付かないポニーの声が無線に響く。


ティラノサウルス類の2つ並んだ眼は、彼らが食物連鎖の頂点である事を意味している。


魚のように顔の両側に有ることで周囲を満遍なく警戒する必要はない。

何しろ自分以上の脅威は存在しないのだから。2つの眼で正面を見ることで立体視を可能にし、獲物までの距離を正確に捉える事に特化した眼だ。


その眼に宿る炎は捕食というより、まるで憤怒に燃え滾っているように見えた。或いは、己を生み出した人類に対する怒り、なのか。


ビビーッ!ビビーッ!ビビーッ!ビビーッ!


ジャッカルのコクピットにアラートが鳴り響く。

『周囲に生体反応多数あり』の緊急警報だ。

辺りを見渡すと、2台の機重はすでに6頭から成るという『グリーン・ファミリー』に囲まれていた。


"ジャッカル、聞いてますか?今、ミサイル装備させたAIヘリを緊急出動させました。10分ほどで着きます。それが到着するまで何とか耐えてください"


「無理言うぜ・・・そういう機体じゃねぇんだよ・・・」


地上本部に入ったジャッカルからの無線は『その独り言が最後だった』と交信記録には記されてた。



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