憎しみのシーケンス
「なんやこの子は」
見つかってしまった…隣の部屋にいないことを願ったが、運は味方してはくれなかった。声はエイクとほぼ同じ、エココと呼ばれていた人物に思える。後退る私に手を伸ばし、姉の仕業だと慣れきった様子。
「エイク姉が、また変なモノひろてきたんか」
エココはエイクの妹か、光無しやエイクのように、物騒な感じはしない、だが見逃してくれそうにも無い。
よく見るとこの妹の方も、エイクの半分程の長さの光がお尻から生えている。違うところいえば、頭の天辺からへの字に曲がった光が一本伸びていて、隣にもう一本あったような黒い光、なんなのだろうか? それと記憶に染み込みつかせる希薄な刺激臭が、ほんのりする。普段嗅ぐことのない匂いは鼻の奥で粘膜を収縮させ、思わず顔をしかめてしまうと、エココは「こわく無いから大人しくしてな」と優しく私に向かって言う。その言葉で、もしかしたらこの人達は何もしなければ、無事に家に帰してくれるかもしれないと、僅かに期待してしまう程。
エココは私の手を引き、ベットの横の椅子に座らされ、隣ではエイクが間抜けな寝息をたてながら、お尻の長い光を左右に振り夢の中。
「エイク姉、起きてや、この子はなんなん? なぁ? また余計な事して」
「猫舌やから…猫舌やから…すぴー、すぴー」
「どんな夢みとるんや、決戦前夜に食いもんの夢か」
全く目覚める事のないエイク、エココは呆れたのかお尻から生えた長い光を掴みベットから引きずり落とし、エイクは頭から床に叩きつけられ、声にならない声を出しもんどり打っている。
「ン~ッ…もうちょっとだけ優しく出来へんか? エココ…」
「それより、この子はなんなん?」
「それよりちゃうわ、質問にこたえーや」
「はい、次は私なりに優しく起こします」
「なんか引っかかるわ、その言い方…まぁええわ、その子拾ってきたんや、ここまでの道中雨宿りに入った小屋でな、いきなり藁山から出て来たんや」
「それだけじゃ説明が足らへん、なんでそんな子持って帰ってきたかや、泥だらけで肩がパンパンに腫れた子供を連れてきた理由や」
私の右肩はそれ程腫れているのか、痛みが酷すぎて麻痺している。左手で恐る恐る触ると確かに熱く、腫れていた。エイクは私を連れてきた理由や、これから私をどうするか、聞こえ無いように二人は壁際まで離れた。
二人はもたれかかった体勢でしゃがみ込みながら、エココの頭から生えた長い光に顔を近づると、ボソボソとエイクがエココの耳? 耳…なのか? 耳だとしても、あんなに長い光が耳なんて私は見たことが無い。
エイクの話しが終わると、次はエココがエイクに耳打ちをしているようだが、私たちと同じ耳の位置だ。
秘密会議は終わり、エイクは私に近付くとなんの前触れも無く、エイクが手をあげ私を撲とうと躊躇無く振り下ろす。
しかし、振り下ろされた手は私の顔をかすめるように空を切り、泥で固まった前髪を揺らしただけだった。体は危険を察知し力み、体を丸めた形になり、二人を見上げる。エイクは私が見えている事を確信したようにエココに伝える。
「ほらな、見えてるやろ? よう見てみエココ、この子目あらへんやろ」
既に私の取り調べは始まっていた、エココは壁にもたれて座っていた体勢から、私の乱れた前髪を上げると「わぁ…そうか」と哀れむように息を吐き、頭から伸びた光もうなだれる。
私の見えるモノには、制限はあるが見えていると悟られたのはこれが始めてかもしれない。それは見える範囲が延びた所為だ、この部屋で今の今まで気が付かなかった。範囲はこの部屋の四隅に人がいても把握出来る程度まで見える距離が延びた。
「エイク姉さん、目が無いのに見えてることは分かった。せやけど一つ気になる」
外の喧騒に紛れたエココの発言は、私の声を取り戻せる足がかりとなる。エココが言うに私が何も言葉を発しない事、悲鳴もあげない助けも呼ばないと、睨みつけるようにエイクを見ているようにもとれる。視線に耐えきれなくなったのか、エイクは開き直ったように仕方ないと、お尻から伸びた光を器用に使って何かを
取り出すと、蓋の開く音がした。
「やっぱり勝手に使こたんやな、ラバーフォレストまで素材取りに行くの苦労したんやで…もう二度と行きたくないから勝手につこたらあかんで、次勝手に使ったら知らんで」
エココの脅しにも近いそれは、エイクの体の光を振動させ、僅かに水分の揺れる音。目の前まで音がやって来ると、私の頬を片手で掴み、口を無理矢理開けさせ粘度の無い液体を飲ませる。
「なんか、ホラ…試しや、試作品言うてたし使えるかどうか試さなあかんかなって…」
「ヒドイ…私のつくった物が信用出来ないなんて…失敗したこと無いのに」
私に飲ませた薬は試作品、本当にどうかしている。と言うことは今飲ませたのも試作品…私を連れ去った目的も道具として、いいように使うだけなのか。ここに連れて来られる前に「解体する」というエイクの言葉を思い出し、私の頭の中をぐにゃりと支配する。
「もうそろそろ喋られるはずや」なんて言葉よりも解放してほしいと願う、一つの問題が解決すると頭に巡る恐怖は、小さかったはずの恐怖はねずみ算式に膨張し、自分の想像力を押し潰したい程支配の手を緩めてはくれない。もっと救いが欲しい、恐怖が絶望に変わる前に家に…
「かえして…」
発声出来るようになっていた、意に反して声に出してしまった。既に声を出すことが出来ているみたいだ、喉の存在も感覚も戻ってきた。それと共に激しい鼓動が私の肉体を蝕み、呼吸も意識が飛びそうなぐらい辛く、徐々に焦りが全身を支配してしまい、のたうち回る事も出来ず、鈍い恐怖はじわり滲むように絶望へと姿を変え、意識を失いながら耳に入ったのは、慌てふためく二人の騒がしい物音だった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
目が覚めたのは、決して滑らかとは言えないが柔らかい生地の上。隣には頭に光の生えたエココ、やはり耳なのだろう、私が唸りながら目を覚ますと頭の光が、いの一番にピクピクと動く。
「聞こえとるかな? おはよ」
とても優しい口調、それでも不安はぬぐえない。
「ごめんな、エイク姉さんのせいで怖い思いさせてもうて、怪我は一通り治しておいたから、まだ何処か痛いとこある?」
肩に触れると腫れも熱もない、ただ…ぬるぬるしている。感謝すべきなのか? どうなのだろう? だがこの片耳エココに何かされた訳では無い。それどころか肩も治してくれたようだし、泥だらけで不快だった服も今は心地良く感じ、丁寧に髪まで梳かしてくれている。
「すみません…ありがとうございます」
「謝る事ないで、お姉ちゃんの所為やから!もうすぐお姉ちゃん帰って来るから一発殴ったてもいいで!」
この人はきっといい人だ、光無しを含め私に対して残酷だとは思っていた。それはあながち間違いでは無いと思うがこの人は違う気がする。それでも【雷光狩り】の為には手段を選ばない、それ以外には優しいと、予防線を貼っておいた方がよさそうだ。
「散々な目にあわしといて、罪滅ぼしと言っちゃなんやけど…今日はここから出たらあかんで」
罪滅ぼしなのに、ここから出てはいけない、よく理解出来ず「どうして?」と、問い返すがその返答は、安心感とはほど遠い言葉。
「怖い事、言うかもしれんけど怪我したく無かったら…死にたく無かったらここで私と大人しくしとき、この街はあと数時間もすれば血の海や…」
賑やかだった外は、この後起こる憎しみの連鎖を待ちわび、戦火の渦をまき散らす機会をうかがっているように喧騒の時を止めている。
次話月曜日~