思い出ヒリヒリ
私の名はハイネ、眼が見えない忌み子として、母に名付けられた。それから三年後。
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三歳になった私は、ようやく人との会話が成立するようになった。それまではとても不自由で、もどかしかった。頭の中では喋れているつもりでも、上手く言葉にが出来ず、つい半年前までは「まま どこ」「まま いたい」程度の言葉だった。それと同時に、この二つの体質も自分の意思で、ある程度コントロールすることが出来るようになった。
一つ目は、全くもってよく分からないが。落雷にあった翌日、私の身体は、ぼんやりと光り続けていたようだ。母は暫く私に触れてくれなかったのはそのせいだろう。そんな奇妙な私に触れたのは義父だった。
義父は私を抱き抱えると「治まったよ、カレナ」と母を呼ぶ声。その抱えられた感触の後、二つ目の体質をはっきりと認識した。
その二つ目の体質は、人の形が捉えられる事だ。人に形といっても全ては見えず、光の線が人型のように張り巡らされ、視るというよりは肌で感じる。特に頭の部分と、胸の辺りに細い光が集中している。目の見えない私にとっては十分な事だが難点があり、その対象が生きているということ。家の中の椅子やテーブルなどは全く判らない。見える範囲が私の手の届く距離までしか見えないということ。
二つ目の体質について、母や義父に伝える事も出来るが・・・やはり、忌み子としての存在を強調してしまう気がする。伝えるのが恐い、もし伝えたなら、今度は本当に処分されるかもしれない。知らない事の幸せは母から教わった、知らなくて良いこともあると。
そんな我が子では無い私を、義父は嬉しそうに毎月、外に連れ出そうとする。この日は月に一度外出の日だ。外出すると義父は、多くのことを一方的に私に話しかけてくる。
この街は昔、非常に栄え今ほど閑散とはしておらず、汗臭くはあるものの、活気のある街だったそうだ。今は若者が商業の町に出稼ぎに行き、その家族や老後を楽しむお年寄りが大半だ。母の胎内にいる時、街はほとんどが年寄りか子供ばかりだったのは、そういう事だった。
そして今日もまた義父に呼ばれ、苦痛な一日が始まる。
「ハイネ~! 準備は出来た? 今日は何処に行こうか?」
勿論、準備は一通り整っている。あの部分以外は。
私は外出する時、目のあった場所を隠すように巻かれた包帯を
義父に外し手もらい、前髪を自分の両手でわしゃわしゃと、鼻の辺りまで下ろし眼をかくす。
「ハイネ、前髪がまだくしゃくしゃだね、直してあげるよ。そっちに行くからね」
「いや、ママに」
私は母に直して欲しい。
「ハイネ、ママはもう外出してしまっていないんだよ。パパじゃ駄目かい?」
「だめ、じぶんでする」
母の櫛を取ってもらい、自分で綺麗に整える。
「じゃぁ行こうか、ママには内緒であまいの食べに行こう!」
「ママがおこる、いかない」
そんな事はしなくていい、今日もいつもと同じ場所で、同じように過ごすだけでいい。
「パパ、いつものとこ」
「またかい? あんな所でいいのかい? それならまた途中で何か買っていこうか?」
「うん、いいよ」
いつもの場所はそれ程遠くは無く、家の裏手のから歩いてすぐの所に。長い階段があり、頂上では日差しを遮ぎる屋根がある。数人は腰をかけられそうな場所に、私と義父は座り、そこで他愛のない話をし、肌寒くなる時間まで毎回そこでのんびりとする。
家から出ると、今日は晴れているのか、温かい。少し肌がヒリヒリするけど、肌に当たる柔らかい風が、私を癒してくれる気がする。
少し歩いた所でお昼ご飯を買い、階段の前まで来ると義父は「ここから階段だよ、今日はどうする?」と私に聞くので「じぶんで」と返し、手探りで次の階段を探りながら、一段づつゆっくりと登りきる。
頂上に着くと、長椅子に腰掛け、野菜の入ったパンを食べ、時折日陰から外に出してもらっては、義父に呼ばれ日陰に戻る。
「ハイネ、そんなにお日様にあたると、ママに似て綺麗な白い肌が鬼みたいに真っ赤になっちゃうぞ」
「うん」
普段、太陽にさらされる事が少ない私の身体は、すぐに真っ赤に染まるみたいだ。鬼みたいに真っ赤と言われても、鬼なんて見たこと無い。それよりここからの景色をもう一度みたい。空は真っ青、何処かに向かう白い雲、赤い夕焼け。今はどんな形の雲が、空を泳いでいるのだろう・・・義父に聞いてみようか、今は空に何があって、どんな色をしているのか、目の見えない私にどう説明するのか。
「パパ、そらにはなにある?」
「ん? 珍しいねハイネから喋ってくるなんて」
「なにある?」
「そうだな~・・・」
義父は困っているのか、それとも真剣に考えているのか、何があるかなんて見なくてもわかると思う。すぐに答えると思っていたが、予想外の熟考で少し気まずい。私の目の見えない事を踏まえて返答しようとすれば、難しいのかもしれない。
義父は思いついたように立ち上がると、私を日向に連れ出しこう言う。
「そうだな、ママとハイネがいるね」
意味がよく分からないが、続けて義父は口をひらく。
「ママの髪の色は水色、ハイネは白。空には青い空と白い雲! だから空にはハイネとママが見えるね!」
もう少し気の利いた答えは無かったのだろうか、それは私が見えている前提じゃないか。私を困らしたいのか、それなら私も。
「パパはいない、いらない」
きっと辛いだろう、娘に要らないと言われて、どんな気持ちだろう。
「パパの髪は黒いから、夜になると出てくるよ。そこにはハイネも一緒にいるね、夜になると空にはお星が出るんだ。その星は白銀のように光るんだけど、それがハイネかな」
少しも私の事を考慮していない返答に、苛立ちを感じる。もう何も聞かないでおこう、少しでも期待したのが間違いだった。
「パパ、かえる」
「ええ!? パパの説明駄目だったかい!?」
「うん、かえる」
月に一度の義父との外出は、やはり苦痛だった。
帰りは階段を下りるには危険だと、いつも義父におんぶをしてもらい階段を下りる。家に帰ると母は優しく「お帰りなさい」と言う。いつもに比べ機嫌がよさそうな声、今日は義父にピッタリ張り付き、そばを離れない。夜のご飯も、義父の好きなものばかりだ。普段と違うと思っていたが、疲れたので私はご飯を食べてすぐに眠ってしまった―――
その日の夜中、私は肌のヒリヒリと焼ける感触で目が覚めた。すると、母の苦しむ声が聞こえる、荒々しい義父の声もする。ただならぬ声に私はベッドの左側からおり、壁伝いに母の寝室へ向かう。寝室の前まで来ると、ドアが空いた。
「邪魔しないでね」
それは優しくも冷たい母の声色。何も無いなら良かった。私は息の荒い義父に連れられ部屋へと戻さされた。
それから一年近く経った頃、私に妹が出来た。何も不自由のない元気な妹だ、私もこんな風に普通に産まれたかった。その時私は妹に少し嫉妬した。
次回は8月28日投稿予定!




