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私の名は

私の産声をかき消すように、母の悲鳴と雷鳴。

 最後に捉えた私の顔は、自分でさえ身の毛がよだつ思いだった。眼があるはずの場所には、真っ黒な小さな手が無数に蠢き、空を彷徨っていた。【無くなった目はドコ】と。


 そんな私に明日はあるのだろうか? 視界を奪われた私に。


 ※※※※ ※※※※ ※※※※ ※※※※

 

 目が見えない事が悔やみきれない、眼球も無ければ、瞼さえない。母の胎内で見えていた分、見えるはずの物が見えない事を認識出来るのだから。胸が潰れそうな思いだ。


 こんな姿の私を、母と義父は必要とするのだろうか? セラフ婆さんは、私の事を『忌み子』ともいう。忌み子と言う言葉は初めて聴くが、この状況ならいい意味では無いのだろう。産まれてすぐの私は忌み子という烙印を押され、どうする術も無く、大人達の反応を泣いて待つしか無い。居るはずの大人達の無音が不安にさせる。


 泣きじゃくる私の声を押しのけ、セラフ婆さんは悲痛な声で、ため息交じりに義父に言う。


 「ドーンよ・・・今すぐその赤子の首を断つのじゃ、五体満足で産まれてこない赤ん坊は・・・厄災の暗示じゃ。その赤子は幸せにはなれん、それどころか周囲にまで・・・不幸をもたらすぞよ」


 聞こえてないと思っているのだろう。産まれてすぐの私を義父に殺せと言う。しかし、セラフ婆さんの言うことは正しいのかもしれない。私も不自由なまま生きていくのも辛い。

 短い、ほんとうに短い人生だった。たった九ヶ月、愛されていたのだと思う。この姿でなければ、今もきっとそうだったのだろう。


 母の愛、私への愛。母が私を身ごもった時の事。


 医師に私の存在を告げられた後、『商人の街クルーエル』まで義父と祈りを捧げに赴いてくれた。道中は様々なものを私に見せ、語りかけてくれた。今はもう見ることの出来ない、淡い紫や黄色い花、青い空、赤い夕陽、それらを母と一緒に。

 そして街に到着すると、街の中心にある広場に向かい『創造主エレナ』の像の祈りを捧げる。


 (無事、元気な子が産まれますように)

 (この子の名前も女の子ならエレナと名付けます、どうかお許し下さい)


 と、ひと月に一度、母は心で祈りを捧げる。


 義父はどうだろうか。


 義父は母を守る、母の笑顔を守る。あの甘い花の蜜も、いつも義父の手から母の口へと運ばれていた。母は蜜を口にするたび、お腹で私が動くのだと、嬉しそうに義父に伝えた。翌日、食べきるのに困るほどの蜜を買い、母に怒られていた。全て母の笑顔の為なのだろう。


 私はそんな大人達の決断を、ただ泣きながら待つしか無い。泣き疲れ、うとうとし始めた時、頭に柔らかい布が巻かれた感触。絞め殺されるのか、それともこのまま首を断つのか、出来れば楽な方がいいな・・・。

 もう誰も言葉を発さない。最後に一度、一度だけ母の声が聞きたい、私の名前を呼んで欲しい。一度だけ、私の最初で最後の我が儘・・・そんなもの伝わるはずも無く、手足をジタバタさせるのが精一杯だ。

 誰も構ってくれないと諦めたとき、私は抱き上げられた。この堅い肉感はきっと義父だ。外に私を持って行くのだろうか、首を断つのであれば、裏の納屋が最適だが、二、三回ほどの揺れで足は止まった。


 義父は立ち止まった後、母に問いかける。


 「俺達の子だカレナ、殺すなんて言わないだろ? ほら君に似てこんなに可愛い女の子じゃないか」


 予想外の義父の言葉だが、嬉しくは無かった。まだ義父のその言葉だけでは不安で、母の「そうね」という声を聞き、不安は和らいだ。義父は弾んだ声で母に語る。


 「ほら、見てごらん、目は見えないかもしれないけど、俺達でこの子を幸せに出来るよ。こうやって目隠しすれば大丈夫だ、誰も怖がったりしない。もし、万が一この子が災いをもたらすのなら、俺がこの子と町を出る。それでもこの子を殺めると言うなら、俺もこの子と共に逝くよ」


 なんて嬉しそうに、なんて愚かな義父なのだろう。赤の他人の私を・・・


 「駄目じゃドーン、駄目なんじゃその子は・・・」


 セラフ婆さんが、義父に私を生かす事を制止しようとした時、ドアを強く叩く音がした。


 「クワイタスさん! 遅くなりました入りますよ!」


 今度は間違いなくシリー医師の声だ、この天候で到着するのは困難だと、セラフ婆さんは言っていたはずだ。シリー医師に見られればもうおしまいだ。私が殺されなくても、この姿で産まれた事はすぐに広まるだろう。そうなれば結果は同じ。


 短い時間の沈黙の後、義父の「すぐに開けます! ちょっと待って下さい!」と言う声が、部屋に響き。


 「セラフ婆さん、この子を裏の納屋でかくまって下さい」


 セラフ婆さんは「どうするんじゃ、どうなっても知らんぞ!」と私を恐々と抱き、セラフ婆さんの足取りは義父に押されているのか、抵抗するように進む。セラフ婆さんが止まると、軋んだドアの開く音、雨が地面をたたきつける音。納屋に着くまでに相当雨にうたれた。


 大丈夫なのだろうか? どう誤魔化すつもりなのだろう。産まれてすぐに死んだ? いや、それだと死体が無い。セラフ婆さんが身体を拭いている? すぐにバレる・・セラフ婆さん? なんだ? いつの間に私は地面に置かれているんだ、何処に行ったんだ・・・? まさか―――


 消えたセラフ婆さんを不安に思っていると、納屋の天井を突き破る破壊音、骨に響く雷音。ドスンと鈍い音が二つ、私はまだ生きている。二つの音がした方へ這いずり、手を伸ばす、手を・・・手が・・・手が見える。


 私の手の形ともとれるものが【見えている】


 母の胎内で見た手とは違う、一本の青白い細い線と、その先で枝分かれするように更に五本の短い線。右手を動かすたびに流れる光、指を動かせばそこに向かって光は流れる。


 左手も、足も、私を動かす度に光が全身を巡る。まだ全部が見える訳じゃ無いんだ、落ち着け、落ち着け私。手を伸ばせ、音のした方は・・・


 「「大丈夫ですか!」」


 シリー医師!? どうして・・・義父の声も・・・おしまいだ、鳴きわめくことさえ出来ない。


 「ドーンさん、まずいですね。この子は・・・残念ですがこの子は・・・」


 見られた、どうにも出来そうに無いとは思っていたが、希望が見えた(・・・)はずなのに。


 「この子は、手遅れですね。落雷で眼が焦げ、ただれているようです・・・」


 助かった・・・運命は私に生きろととでも言うのだろうか。気まぐれか、悪戯かどちらにしてもいい、それよりずっと気を張っていて疲れた。緊張の和らいだ私はそのまま夢の中へと誘われた。

 その後、セラフ婆さんは落雷でその日の記憶を失い、義父は私を自宅で治療すると、シリー医師を説得したようだ、昨日の事は母と義父だけの秘密となった。


 翌日、私が夢から覚めた時、母と義父の会話を聴き、夢であって欲しいとすぐに願う。


 「ねぇカレナ、あの子の名前決めてたんだろ? 女の子なら君が名付けるっていってただろう?」

 「ええ、そうね・・・」

 「なんて名前なんだい?」


もう知っている。何度となく聴いた名前、とても美しい名前。


 「あの子の名前は・・・」


ああ、やっとその名前で呼んでくれる。


 「あの子の名前は【ハイネ】ハイネよ」



次回は25日予定!

あくまで予定!遅くなることはありません!

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