丘の上
目の前にいるエレナが動かない理由、それは粘土人形と化した事。
二人は知っていた、この街から人が消えた理由を知っていたはずだ。ここに来るまで二人は、私に真実を告げる事は無かった。そればかりか私ひとりでここまで来させようとしていた、私の目と鼻の先にいる動かないエレナは、近くて遠い。
「良かったな、まだそれ放置されたままで」
こつこつと足音を立て、外で待っていたはずのエイクが家に入ってきた。モノを扱うような言いぐさで最早、人では無いような扱いをする。人に非ずといったエイクの言いぐさに対して、湧いて出る怒りを抑えきれない。他の誰かが人としての存在を見捨てたとしても、それでも私は母と妹を諦める分けが無い。
そう言い放ったエイクの方に体を向けると、いつの間にか私の両手が握り締められていた。力を入れ慣れていない私の腕は、意に反して小刻みに震えた。
気が付けば、ありったけの力で握った私の右手がエイクの太股を力一杯殴りつけていた。避けようともせず私の拳を締まりの無い太股で受け止め、軋む音さえしない部屋に小さな抵抗が反響する。思考よりも先に身体が動くとはこういう事だと私は実感した。
「あたしらがやったと思っとるんか? 落ち着きや、そない怒るなや。元に戻せるで…と言っても戻すには帝国までぶっ飛ばさなあかんけどな」
諭すように私の腕を握り、落ち着かせるように元に戻せる方法を呟く。
私の暴走仕掛けた腹ただしい気持ちは、エイクを見上げると共に不安に変わった。これから私達家族は帝国の領土へと行くことを避けることは出来ないみたいだ。しかしそれだけが不安に変えたというわけでは無い。今、はっきりと目に見えているエイクの後方から迫る光。
徐々にエイクの前面が暗くなり、周囲の光景が見えるようになってきた。それはあの雷紅の閃光、室内に差し込んだ眩しい光が壁を白く焼き付け、私に視覚を感じさせてくれる。
「もう雷紅は家の近くまできとるな。あたしは丘の上に行くで、お前はどうするんや?」
私は母が何処かに居ると思うから探したいとエイクに伝える。それに対してエイクは「ならついておいで」と同行するよう私に言った。ここでは無く着いてこいと言うエイクに疑問を感じ、エココ方を見ると、長い耳をへの字に曲げ「多分ここには居ないからついて行ったほうがいい」と私に提案した。
ここにいない? そんなはずは無いと壁をつたい母の部屋を覗くも居ない、私達の部屋にも母の光は無い。
いくら探しても母は居ない、エレナを家に一人残して何処かに行くはずも無いと思えるのだけど、義父が居るならまだしも一人にする事は今まで無かった。
「満足したか? ほな、行くで妹さんははここに置いておき、事が終わったらまた回収したるわ」
エイクは胸元からまた本を取り出し、闇をも呑み込みそうな扉からさす光のなかへと消えていく。私も粘土と化したエレナに後ろ髪引かれながらをエイクの後を追う。
外に出る瞬間振り向きエレナに目を向けるとその顔は笑っていた。
外に出ると光無しと雷紅の交戦する音が聞こた。金属が地を叩く音と、装飾品が奏でる小刻みいい音色。
「速くてあたしらには見えんな。音は上からは…聞こえんからまだ目的地にはついとらんな、先に登るで」
私には、はっきりと見えるのに、エイクは雷紅も光無しも見えていないようだった。光無しも雷紅もどちらも私には見える。
雷紅が光無しの大きな剣に圧され、反撃の余地も無い防戦一方の様子…光無しが追い詰めているように見えるが、雷紅自体に大きなダメージがあるように見えない、それどころか光無しの連擊に併せて踊るようにも見える。
「はよ来い、なんや? なんかあるんか?」
光無しと雷紅に見取れていた私を呼ぶエイク。
「な、なんでもないです」
「なんや心配なんか? ん? ん~?」
エイクは腑に落ちない表情で私をまじまじと見ると、「ふん」と一言。
家の裏手にある長い階段を上がり、頂上までの間エイクに聞いてみた、なぜエレナを粘土に変えてしまったか。粘土に関してはエイク自信も必要なかったと、この雷紅狩りにしゃしゃり出てきた変わり者の所為で作戦も大幅に変更したそうだ。粘土に変えた諸悪の根源は既に帝国領土へと戻り、お茶でも優雅に嗜んでいるじゃないか? とその者の事について話す。
「クレイ・パリセイド」
「クレイパリセイド?」
「そうや、もしかしたらお世話になるやもしれんから、教えといたる」
パリセイドは土の扱いに長けた人物で、几帳面で何を考えているかわからない男、本来は帝国領土の看守長だそうだが、資材が足らないと言って参加したそうだ。その者が大地祭りに集まった大勢の人々を、数分で粘土に変えた。エイクは私の肩に手を置き私をまっすぐ見る。
一晩で大勢の人々を粘土のように変え、丘の上まで運ぶのは大変だった精神的にもくるものもあったと、やはりモノを扱うように言う。エイクは悪びれる様子も無く私にそう伝えてきた、粘土になった状態でも生きているから大丈夫だと。
非人道的な行いの一端を聞かされた私は帝国も許さないし、雷紅も私達のカドゥルの街に身を隠した事を許さない。どちらも私達にとっては災いの塊だ。
長い階段を上がりきり、丘の上まで来るとそこには幾度となく訪れた特別な場所とは似ても似つかない景色だった。
エレナと比べ、一回り大きな粘土人形が地面に半球を作る形でいくつも積まれていた。その半球の数は数え切れない、大なり小なりあるがその造形は異様。
「それと、この大量の粘土人形を帝国領土までどうやって持っていくかやけど、今回は爆発を介して帝国の領土、パリセイドの元まで移送するで」
つまりはその爆発を使って、丘の上に誘導された雷紅を木っ端微塵に吹き飛ばして終わり。光無しはいくら吹っ飛ばされても死なんから自爆、雷紅の死体も残らなくていいらしいと。
「時間ないけどお前のママだけでも巻き込まれんように抜いとこか、どんな人なんや?」
私は母の特徴をエイクに伝え二人で母を探すが、どれだけ探しても母は見つからない。
「おらんやん、青白い髪色の人なんて一人もおらんで、運んでるときもそんな人なんて見てなかったしなぁ」
「どこに持っていったの?」
「ここにしか運んで無いけどなぁ、大人は全部この場所に運んだはずやけど」
やっぱりここにはいないんだ、家に戻ってもう一度探そう、そう思った時、下の方で家屋の崩れ落ちる音がした。雷紅の光は丘の下にある私の家の近くで煌々と光っていた。
「すぐ戻りたいが、私はここを離れられん、お前あたしらと会った時よりは目、見えてるんやろ? 行って安否だけでも確認して来れへんか?」
「わかるんですか?」
「当たり前や、行動に迷いもないし、髪色探す言うて一人で探しとったやないか見えてな無理や、はっきり分かったわ」
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけてな、巻き込まれるなや」
私は丘を後にして、家の方まで階段を急いで降りた、こうやって不自由なく階段を下るのは初めてだ、いつも義父に背負われ降りていた階段は、登りよりいくらか気をつけないと下まで転げ落ちそうだ。だけど私は急ぐあまり長く不揃いの階段を踏み外してしまう。慣れない下りの階段は私を拒絶した。
このまま下まで転がり落ちたら痛いだろうなと、痛いで済むのかな? もしかしたら痛みを感じることも出来ないかもしれないな。
踏み外した私の体がが宙を舞う間、他人事のように考えながら体に衝撃が走る。
月曜に次話投稿予定です!




