雷紅はかれない
砕けぬ意思を抱え他者にに打ち砕かれた時、塞き止めようのない絶望が数多の悪意を引き連れ、奈落へと誘う。私はどうなるか、奪われるか奪うかそれとも与えてしまうのか。
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結局、私達は雷紅討伐本隊と同じ道を歩む事となった。
外に出てからというもの人の気配は無く、皆が盤の指す街の南を目指し進み、誰一人として会話を望まず響くのは瓦礫を踏みつける音色のみ。私はエココのから発する微量の刺激臭に耐え、彼女に背負われて上下に揺れながら家を目指す。この匂いも薄れてきたのか慣れてきたのかわからないが次第に消えていった。
十数分程歩くとコツコツと軽やかな音に変わり歩む速度が増し、それと同時に上下の揺れもいくらか収まった。不安定だった道を抜け街の南側に入った知らせを軽快な足音で知らせた。
人気のある所まで来ているはずなのに全く人の声がしない、不安にかられ、私はエココの頭から伸びた長い光、多分これは耳なんだな、ふかふかした手触りの長い耳を掴み小声で不安を口にした。
「私達いがいに人はいないの? お祭りでたくさん人が来てたはずなのに」
「あー…それな、みんな自宅待機やで、昨日の夜にみんな屋内に閉じ込めたで」
屋内に閉じ込めたと言っても、街を埋め尽くす程の人を一晩で? 屋内にいても物音ぐらいするはずと思うのだけれど、どうやって? 疑問はあるが姿を消したり、声を出せなくしたり、よくわからない小道具を使う人達だから出来るのか。
出発するときに組んでいた隊列は、光無しを先頭に尚も進み、エイクはその後ろで落ち着かないのか、何度も開閉を繰り返しす音が聞こえ…とうとう盤の蓋が壊れてしまったようだ。盤から放たれた音は木製の車輪が地を這うかの如く、カラカラと音を立て力尽きた。エココはそれに気付き「おおっ!?おおっ!?」涙混じりの声で蓋を追いかけ、私は予想外の動きにエココの長い耳をぎゅっと掴み、背中から落ちないようにしがみつく。エココは盤の蓋を拾おうと膝を曲げると共に、エイクも蓋を追ってかけより両手を顔の前で合わせ同じように身体を屈めた。
「おねぇぢゃん…壊さんといてやぁ…一番動揺しとるんおねぇちゃうのー」
「すまんすまん、開け閉めしてたら癖になってもうてなハハッ」
ばつの悪そうにエイクは蓋を拾い、振り向いた時。
私にははっきりと見えた。世界を包ま込む瞬く暇も無い眩い閃光を浴びる皆を、数秒後に脳の奥を震わす轟音、そして過ぎ去る旋風。
既に切り離された討伐隊の身体と頭部。その横たわった肉塊の形状を見るに、紛れもなく雷紅の一閃と自分の首を拾い上げながら光無しは言う。この惨状を、一瞬にして計画を破綻させた光景を見ても、端から期待して無かったように無関心にここからだと。
「本番だぞエイク、雷紅は既に一振り剣を振るった。もう奴にあの防ぎようのない一振りは無い、作戦を当初のものに変えてくれ」
雷紅を目に前に既に私を含め4人、当初の目的は人海戦術、通用はしないと思える4対1でその戦術はばかばかしい。死ねない光無しと、異臭お道具製造エココとポンコツが露呈した姉のエイク、そして盲目の私では。
不思議な事に恐怖は感じない、かといって安心できる何かがあるわけでも無い。それなのにとても高揚するこの気持ちは、私では無い別の存在、母の胎内でも感じたことも無いこの震え、高ぶるむず痒さ、満たされる一歩手前のこの気持ちは何なのだろう。それだけで私の自我は崩壊しそうなのだが、どうしても今のこの現象の理由が知りたい。
【生物以外のモノもはっきりと光って形状が見えるようになった】この現象、閃光を浴びた後から皆の姿がはっきりと見える。息も絶えた横たわる人も、今までは無数の光が線で繋がり形成されていたものが今は違う。エココの長い耳、片方やはり切断されたように元から無かった。エイクやエココのお尻から伸びた光は尻尾だった。
震える私に気付きエココは声をかけてくれるが、口元から声は遠く聞こえづらい。直ぐそばでエイクは胸元を探り、本のページを高速で規則正しく捲り数秒間程、得体の知れない言葉を唱える。光無しはそれに併せ、背中に背負っていた重厚な大剣を取り出しそれを構える。私は光無しの向けた剣先を辿ると、あらぬ方向を向き無防備に立つ雷紅に視線は辿り着いた。
片手には古く錆びきった剣、装飾や余計な物など何も無いシンプルだったであろう剣をだらりと持ち、全身革で出来た鎧と疾風で煽られた細く綺麗な髪を兜の隙間から靡かせ、霊妙を纏うように佇んでいる。辺りはまだ真っ白で風景も薄く、神秘的な世界に取り残されたと錯覚するほど。雷紅の妖気な姿を見たエココは「女の私でもなんか誘われたらついて行きそうや」と雷紅に魅了されそうになっている。
ブツブツ訳のわからない事を呟いていたエイクは手にした本を光無しにつきだし、光無しの周囲にはバチバチと光の玉がふわふわと浮遊しはじめた。エココとは対照的に、光無しとエイクは雷紅を狩ることに集中している。
「これで雷紅と速度が同等やで、玉一つにつき10秒ぐらいやから全部で1分やな、それまでに丘の上には誘導してやあたしらは先に向かってるで」
光無しに後を任せ、惚けたエココを引き連れて最終地点の丘を目指す私達。丘の近くまで来たら教えてとエココに頼み、そこで我が家で待機しているはずの母と妹を帝国領土と化す前にこの街から出て行く。それでまた普通の幸せが待っている。私の目もまだ不十分だけど見えるようになっているんだ。これから母にも妹のエレナにも迷惑をかけたりなんかしない、そう思っていた。
だが、「丘の近くまで来たよ、お家はどの辺り?」とエココが私に聞く頃には閃光を浴びる前のように、視界はいつも通り周囲一帯が光の線の集合体に戻っていた。エイクもエココ光の線で繫がれたただの人の形をした光。残念な気持ちと直ぐそこにある私の目的地、早く再会したい、早く不安を拭い捨てたいと二重に焦る。
「丘に上がる階段の裏私のお家」
「おっ、そうかあれやな行くで、それにしても汚い家やな外で待っとるわ…あーそれと…」
「おねぇちゃん今それ言わんくてもええやん、住んでる子は可愛いで」
食い気味にエイクの言葉を遮りる。なんて素早いフォローの出来る妹だ。
私はエココの背中から降り、家の前まで誘導してもらうとエココが私を制止して一言。
「私達の所為じゃ無いから、驚いたらあかんで」
その言葉だけでは私にはわからない、家の中に入って馴染みの匂いと部屋の奥で小さく丸まっている妹の光、私は妹エレナに手を伸ばす。私の後ろからはエココがついてきており、妹を見ると驚きながら言う。
「あえ!? この子あたしが街に入るとき迷子やった子やん! おねぇちゃん消えたってお父さんに言うとったのに」
エレナは私を消えたことにしていた、それはもうどうでもいいんだ。私はその事でエレナを責めるつもりなんて無い、仕方の無い事、それでいいだから私の手をとってほしい、振り払ってしまってもいい。それでもその場から微動だにしないエレナ、声をかけても返事は無い。虚しく一人でエレナの反応を待つ私に、外で待っていたエイクが、私とエレナを引き裂くように事実を告げる。
「人形、粘土にされとるから動かんよ」




