表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

ハジメテの愛

週1投稿予定、毎週月曜日更新

14年後、自ら命を絶つ為に私は産まれる。


 ※※※※ ※※※※ ※※※※ 


 ここは、とても気持ちが良い。母のお腹の中でもう9ヶ月が過ぎた、ろくな栄養はとれ無かったけれど、それでも身体的不自由は無さそうだ。外の光景も、母の不安も、このお腹から伸びるヒモを伝わり、感じる事が出来る。私が未熟な頃から、母の視界に捉えたモノ、感じたモノ、全てを記憶している。

 今も、まだ昼前だというのにロウソクの薄暗い灯り、カーテン越しに光と共にやって来る轟音。全て母の感覚を共有している。

その母の名はカレナ・クワイタス。髪は白銀にも近い薄い青、透き通るような髪色。膝の裏まで伸びた髪は、未開の地で、誰にも犯されることなく流れる清流のようで、干上がった老人でさえ母に視線を送る。その母が生活している町。

『汚染の町カドゥル』

 カドゥルの街の中心には、大きな塔が建設されている。その造りは地面に近い所ほど幅は広く、地中から生えている・・・もしくは、天が大地を一つまみし持ち上げたような造形。そこから街中に張り巡らされていた用水路。母の肩ぐらいの高さで、煉瓦作りの用水路が張り巡らされている。

近所のお婆さん曰く、塔から流れ出た汚染水を、何処かに運んでいたそうだ。

と・・・母を媒体にして、様々な情報を私は記憶している。その記憶の中でも、常に欲している記憶。

 花は綺麗でいい香りがするということ、その花から集めた蜜はとても甘く、母も私も一時の愉悦に浸り、満たされる。

 母の声、少し低血圧なそれでいて妖艶な声、積極的に声を発することは無いが、あの男の前では急に饒舌だ、この目の前にいる若い男。


「頑張れ! カレナ! 大丈夫! もうすぐシリー医師が到着する! もうちょっとの辛抱だから!」


 男の名はドーン・プレイバー、可哀想な男、私の父親となってしまう可哀想な男。同情するよ、本当の父親では無いのだから。

 この男、私が母の胎内に居るのを認識したあと、趣味の葉巻を辞め、早朝から夜も更けるまで、自分の時間を働くことに費やし、疲弊している。全く、自分を犠牲にしてまで必死になるような事なのだろうか・・・知らないのであろう、もう一度言う、私はあなたの子では無い。


 それにしても、母の不安は絶頂に達している。荒々しい呼吸と共にこのまま泡を吹いて、気を失うのでは無いのだろうか、私が外に出てから意識失って欲しいが、ドアを叩く音が聞こえる。どうやら大丈夫そうだ、きっとシリー医師がが到着したのだろう。母が力一杯、目を閉じているせいで何も見えはしないが。


 「ドーンさん、入って良いかね」


 声色が違う、シリー医師は男だ、今の声は外の轟音で聞き取りずらかったが、年老いた女の声。入っていいかね? ドアを開けておいて、そのセリフはどうかと思う。続けてドーンの声も。


 「セラフ婆さん、心配で見に来てくれたのですか? でも、もうすぐシリー医師が到着するはずなんです」


 「この天候では医師は来ないじゃろう、来られたとしても明日、あるいわもっと遅くなるやもしれん。どれ、わしが手伝ってやろう」


 セラフ婆さん、普段からお節介焼きというか、人のプライバシーにズケズケと入り込んでは、親切の押し売りを振る舞い続ける。ドアを開けた後に入室の許可を取る辺り、その厚かましさが垣間見える。

 だが、年の割に元気で誰にでも優しい婆さん、ごく稀に怒髪天を突くような鬼の形相で憤怒する事があるそうだが、私は見たことが無い。その婆さんはシリー医師が来ないという、この荒れているであろう天候の中、その可能性は大いにあるが・・・それはまずい、私は安全には産まれる為に、大人しくこの中でじっとしているというのに。これ以上留まると母を殺しかねない、それは心が傷む。


 さすがにセラフ婆さんに頼るとするか。


 「ドーン赤ちゃんが、動いて・・・出ようとしてる・・・ドーン手を握っていて・・・」


 母が薄目で義父を見ている、義父の悲壮な顔がちらりと見える。落ち着いて下さい父上、もうすぐそちらへ向かいます。私は元気です。


 「カレナ! 産まれそうなのか!? 婆さんどうしよう!?」


 義父よ慌てるな、綺麗に出るから静愛しててくれ。婆さんを見てみなよ、もう産まれた後の準備してるじゃないか、まだ産まれる前なのに、この男に育てられるのは不安しか無い。母がまた目を瞑った事だし、顔を出して直接拝見させてもらおうか。


「おお、頭がでてきおったわ。ほれ、お前も見てみい」


 私が初めて目にする光景は老婆になりそうだ、まぁいい、ついでに義父の顔を肉眼で・・・


「・・・」


 ・・・ん? おかしい、静かだ、もう身体も出始めているというのに、聞こえるのは母のイキり声だけだ。それもおかしいのだが、目を開けているはず、なのに何も見えない。


 全身が外に出たはずだ、なのに誰も私を抱いてくれない、視界も今は母が目を閉じているせいか、何が起こっているか分からない。それ以外は自分の感覚。


【聞こえる】母の荒々しい吐息が


【泣ける】私の産声


【動かせる】私の鼓動、手足


【匂う】血の混じった生臭い匂い、充満する埃の乾いた匂い。


 ただ、私の視界はまだ母の視界。


 母は目を閉じたまま言う「赤ちゃんを抱っこさせてと」


 セラフ婆さんは何も言わない。


 義父も何も言わない。


 私は誰も抱えてくれないと悟り這い上がる、母の最初の愛情を感じるために。シーツをかき分け、母体を這い上がる。まだお腹のヒモが繋がったまま、ゆっくりと手探りしながら。


 母は言う。


「自分から這い上がってくるのね、可愛い子、きっと甘えん坊ね」


 私の視界は母の視界。我が子を、這い上がる私を見ようと母は目を開き、私はもぞもぞとシーツの隙間から顔を出す。


私の顔を見る。


『めがない』


 パチンと腹のヒモを切る音と共に、暗闇の世界へと私は引きずり込まれた。これが最後、私が視界に捉えた光景、自分でも恐怖すら感じる、まるで何も無い、真っ黒で渦を巻いた二つの穴、顔に空いた二つの穴。

 その後は母の叫ぶ声と、セラフ婆さんの「忌み子」という言葉。義父の膝をつく音。


 昼間だとというのに明かりを灯し、轟音響きわたるその日に私は産まれた。あの温かい液体に浸り続けたいと幾度となく思った。


次回の投稿は8月15日!

最後まで読んで頂きありがとう御座います!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ