1991.12.8
部活の帰り、僕は長門と一緒に校舎内をうろついていた。
「なぁ、俺、好きなのかな」
さっきの長門の発言が気になっていた僕は、ほぼ無意識にそう尋ねた。
静かな渡り廊下で発した声は、反響して思った以上に大きくなった。
「そんなこと聞かれても分かるもんか」
長門から返ってきたのは至極当たり前で単純な返事だった。
すると不意に、長門が不気味な顔をして笑いだした。こいつがこんな風に笑う時は
大体良いことがない。
「じゃあ試してみるか」
長門は僕のこころのとは正反対にキラキラした目でこちらを見てくる。
「試すって言ったってどうしようもないだろ、俺の中の問題なんだから」
そう言うと、長門はさらに口角を上げた。こいつ絶対ろくでもないこと考えてるぞ。
「ならお前の気持ちを刺激してその時の反応で判断すればいいだろ」
完全に文系脳のくせに科学の実験のするみたいに話す長門を滑稽だと思いつつ、それでもまだ疑問が残る。
「でもそれどうやってやるんだよ」
「要は一緒にいて嬉しいかどうかを調べればいいんだろ、じゃあ丁度いいチャンスがあるだろ」
そう言うと長門はすかさず自分の鞄から手帳を取り出し、もうすぐそこまで迫った五月のページを開いた。
「この日を忘れるとかお前生徒失格だぞ! 斎、学校辞めるってよぐらいの勢いだぞ! 」
大げさなことを言いながら、彼は手帳の上の方にあるずらっと並んだ赤い正方形を指さす。
「ゴールデンウィークがすぐ来るんだからそこで映画にでも誘えばいいだろ」
「そんなに簡単に言うなよ、急に映画なんか誘って一緒に行ける訳ないだろ」
「一対一なら無理だろうな、でも周りに仲のいい奴がいれば可能性は大いにある」
長門の言っていることが段々分かってきた。どうもこいつはゴールデンウィークに木嶋を含む集団で何処かへ遊びに行くよう企画し、そこで気持ちを確かめろと言いたいらしい。
「じゃあお前が木嶋も行きたくなるような女子を誘ってくれよ」
そう言うと、長門は黙って俯いた。一見言うこともなく返事に困っているように思われるが、これは長門がものを考える時のいつもの格好だ。
「皐月なんかどうだ? あいつら仲良さそうだし部活一緒だし。」
少し間があって長門がそう言うと、急に僕の心臓がドキリと跳ねる。
「でもお前も皐月を誘えないだろ」
なんで僕は焦っているんだろう。
「そんなことないだろ。俺もお前も部活一緒なんだからテニス部で遊びに行こうとでも言えばいいじゃないか」
長門からはほぼ予想通りの台詞が返ってくる。
「そうなると誘わないといけないないのは…」
長門がそう言っているうちに教室に着いた。誰もいないと思っていたのにそこにはぬっと大きな影があった。
「おう大原、ちょうど良かった」
影の主は大原桂輔だった。彼もテニス部員で大柄な身体と黒縁の眼鏡が目立つ。身体の大きさとは正反対に物静かな性格で長門と比べるといくらか冷静で客観的に考えることができる奴だ。長門はその姿を見ると早速交渉を始めた。
「大原、お前ゴールデンウィークに予定あるか?」
長門の顔からはワクワクが溢れている。
「いや別にないけど」
相変わらず素っ気なく聞こえる大原の返事を聞いてますます長門はノリノリになる。
「じゃあ五月五日に映画行くぞ。俺と斎と木嶋と皐月で。」
こうなれば長門はもう止められない。楽しみなような憂鬱なような気持ちを抱え、僕は裏山に沈む夕日を窓越しに眺めていた。