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彼に讃美と撫子を  作者: 蓮井枕流
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しきたへの

四月の終わり、春の風は暖かい。テニスコートを吹き抜けた風は、桜の枝から頭を出したばかりの青葉を揺らしてはるか空の上に帰っていった。

月曜日の部活は気持ちが重い。僕の通っている英北高校は香川県北部にある私立高校で大学進学に力を入れているため、野球部など一部の部活を除いて活動は月・水の週2日のみだ。そうと分かっていても、やはり気持ちが乗らないことに変わりはなく、調子に乗ってテニス部になんか入るんじゃなかったと心底後悔している。

そんなことを考えていると、さっきまでの憂鬱を一気に吹き飛ばすくらい心地の良い笑い声が聞こえた。声の方を見ると木嶋が何やら楽しそうに話している。少し気味の悪いことかも知れないけれど、僕はそれを見てとても美しいと思った。

それは決して愛欲の対象に向かうようなものではなく、有名なクラシック音楽などを聴いた時に受ける、感動のような衝撃のようなものに近い感覚だった。

すると、不意に後ろからテニスラケットで背中を一突きされた。驚いて振り返ると、そこには白けた目をした長門がいた。僕を突いたのもこいつだろう。

「お前、惚れたな」

長門に言われて僕は驚いた。でもその驚きが全く身に覚えのないことを言われたからなのか、自分の心の内を見透かされたからなのかは分からなかった。

「いや、そんなことない……と思う」

どうしても断言出来ない自分に腹を立てつつも、やはり語尾は曖昧になる。

「まぁ、好きなら逃げないことだな」

彼のこの言葉の意味は、いつか僕にも分かるのだろうか。

すると急に頭に鈍い痛みが走る。ストレスによる頭痛だろうか、思わずしゃがみこむと、足元にはさっきまではなかったボールが転がっている。どうやらこれが当たったようだ。頭痛なら部活を早引きできたのに。

「ごめんねいっちゃん」

声の主は皐月水華だった。彼女は木嶋とも仲のいいテニス部員で、クラスも一緒だった。性格は少し天然で無邪気な笑顔が印象的なのだが、なぜか彼女は僕が遅刻してもなにかドジをしても他の人のように笑うことはなかった。

「ごめんね、別に狙った訳じゃないけんね」

そう言って艶のある黒髪を揺らしながら走り去る彼女を見ていると、ついさっき聴いた音楽がまた流れてきたような気がした。

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