色は匂へど
「行ってきます! 」
僕は勢いよく玄関を飛び出した。毎朝恒例の登校レースの始まりだ。只今の時刻は8時30分、朝のHRが始まる8:40までに、500mほど先にある学校に辿りつかなければならない。ずっと背中で鞄が飛び跳ねていて邪魔くさい。
学校の門をくぐるとほぼ同時に、タイムリミットの5分前を知らせる予鈴が耳に入る。ここから一気にラストスパートを切り、階段を一段飛ばしで駆け上る。
1–1と書かれた教室のドアを開けて右足を中に滑り込ませようとした瞬間に、無情にもチャイムはゲームオーバーを通告する。
「セーフ! 」
最後の望みをかけて、すでに教卓の前で出席簿を開いている担任の「おっちー」こと落合先生を見つめ判定を求める。
「アウトー! 」
元吹奏楽部だというおっちーの大きな声で、最後の希望は一瞬にして打ち砕かれた。
教室中から歓迎の嘲笑を受ける。普通なら少しは傷つくのだろうが、もはやなんとも思わない。クラスでの扱いはいつもこんなものだ。
「斎、また遅刻かよ。お前ほんとに馬鹿だな」
後ろの席で部活も同じの長門が声をかけてきた。
こいつはいつもはこんな感じだがいざという時には頭も切れて、成績も悪くない。問題は数学が全く出来ないところと、いちいち言動が癪にさわることくらいだろうか。
「お前よりはマシだよ」
僕がそう言うと、長門はそうかもなと言って腹を抱えて笑いだした。やっぱりこいつの考えることはよく分からない。
「いっちゃんまた遅刻?」
先ほどとは対照的な女性らしい甘い声で、隣の席の木嶋恵音が話しかけてきた。
「うん、まぁ。」
また可愛げのない返事をしてしまった。木嶋と話そうとするといつも愛想のない態度を取ってしまう。
何故だろうかと思いながらも、僕はその理由をどこかで理解しているような気がした。