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欲しかったのは  作者: 稲穂
望んだのは
5/6

3

 

 「居なくなった……!?」


 「そうなのです!兄様、何か手がかりになるような事知らない?何でも良いの!」


 王宮の俺の仕事場にまで押し掛けて尋ねてくるほど、焦燥しきった様子でユリアーネに詰め寄られた。


 「……昨日は、忙しいからといって早々に話を切られたからな」

 

 あれはもしかしたら出奔する準備で忙しいという意味だったのかも知れない。

 すぐ側に居た王太子殿下もその様子にただ事ではないだろう事は感じていたようなので、彼も彼女の話を聞くと言って付いてきていのだが、彼はそれを聞いて、すぐに思案顔になった。


 「数日後は聖誕祭で、王都はお祭り騒ぎだ。今はそのために商人や見物に寄った旅人が多く出入りしている。……成る程、相当頭がキレる令嬢だな。」


 「ああ……。それに、リーザは剣術もできるし兵法も学んでいたから地理は頭に入っている。馬術だって其処ら辺の男より出来る」


 「なんだ、淑やかなだけでなく、強かだったのだな」


 「失礼ながら王太子殿下、感心している場合ではないのです!」


 ユリアーネがヴァルに厳しい言葉をかけると、彼は笑った。


 「まぁ、ここまで考えられての行動ならば、すぐに見つけるのは難しいというのは貴方にもわかる筈だぞ、妹殿」


 「……」


 押し黙ってしまったユリアーネの頭を安心させるように俺は撫でて、それから王太子殿下の方を向いた。


 「王太子殿下。私にこれから東のコルマノンに向かう許可をいただいてもよろしいでしょうか?」


 コルマノンは王都に一番近い流通の拠点だ。その他の方向に街が無い訳ではないが、リーザが昨夜から朝方にかけて王都から出たというのなら、休憩や荷物を調達する為に荷馬車などを使っても昼前に到着するだろうその街を経由するだろうと予想したのだ。

 その俺の考えを見越したのか、王太子殿下は頷いた。

 

 「ここでお前が動かなければ、次期騎士団長として行動力の点で資質に難ありと報告するところだった。」


 「……そうだな」


 俺は痛む心を押し隠して、それでは、と礼を取って背を向ける。


 「しばらくお前に振り分けられる仕事がこちらに来るだろうな」


 そう苦笑いをして、親友は俺を送り出してくれた。


 コルノマンは馬で全力で駆けて一刻ほどの場所に位置している。丁度昼過ぎあたりに到着した俺はそこから街の入り口を守る兵達にリーザを見かけてないか尋ねて廻った。ただ、リーザも追っ手がかかる事を警戒してか、特徴である綺麗な銀髪を隠していたようで、中々姿を見かけたという人物は見つからなかった。

 だが、日が傾いてきた頃その街の南の門の兵に尋ねた時だ。


 「その、髪はフードを被っていてよく見えませんでしたが綺麗な顔をしたご令嬢がこちらの門を通られましたよ?」


 「!それはいつ頃だ?」


 「ええと……交代したばかりだったので、二刻半程前です。」


 「二刻半か……」


 有力な情報を得たと思ったのだが、それを聞いて思わず眉間に皺を寄せてしまう。この街の南側からはこのグランバニア王国の様々な領に繋がっている街道に繋がっている道に行くのだ。つまり、リーザであればそれだけの時間があればその街道にさしかかり、目的の方向に向かいつつどの領の方面に向かうかを追っ手に悟らせずに移動ができると考えるだろう。


……やられた。

 

 そうなると、どこに向かったのか把握するのは難しいのは明白だ。

 俺は、肩から力が抜けるような感覚に陥った。

 後悔した。いつでも手に届くような距離にいると思っていたが、それが必ずしもそうでない事に気がついていたのに、何もしなかったことを。この焦げ付くような想いが向かう先は、彼女の元しかなかったのに。そんな当たり前の事に、後に戻れなくなってから気がつくなんて。


 ……それでも、居なくなってしまったという事実は変わらない。


 その後も探したのだが、俺は結局それ以上の情報を得られず、王都に帰還することになった。帰還の挨拶を王太子殿下にすると、肩を叩かれ、お疲れ、と一言言われる。俺はそれに苦笑しながらその場を後にし、ユリアーネにも伝えなければならないと、彼女が待つ邸の彼女の自室に向かうと、団長と夫人もそこを訪れていた。


 「ヴィーヌスお兄様……」


 「すまない、ユリアーネ。……申し訳ございません、団長。一足遅かったようで、お嬢様を見つける事が出来ませんでした。」


 団長達に頭を下げると、団長は「そうか」と呟くように言って、ただ黙って厳しい顔を崩さず睨みつけるように地面を見ている。ユリアーネはずっと我慢していたものが溢れ出したように泣き出してしまった。


 「お姉様、どうして……!」

 

 「ユリアーネ……そんなに悲しい顔をしないで。ああ、リーザベルは何故ユリアーネを煩わせるような事をするのかしら」


 「お母様……」


 「昔から何を考えているかわからなかったけれど、今回ばかりは呆れるわ。この行為がクレメリー侯爵家の名を辱めることがわからないのかしら。ねぇ旦那様、この際です、あの子と縁を切るのが一番良い方法だと思いますわ」


 ユリアーネはそれを絶句しながら聞いていた。クレメリー団長は、ピクリと眉を動かして、夫人を食い入るように見つめている。

 そして俺は。


 「……それは本気で仰っているのですか」


 「ごめんなさいね、ヴィーヌス様。リーザベルを探させてしまって。でも、こうなってしまえば貴方とユリアーネの婚約の発表が遅くなってしまいますね」


 「お母様!?婚約の話は違うのよ!お兄様は……」


 ユリアーネの言葉を遮って俺は夫人を半ば睨みつけるように見据えた。


 「クレメリー夫人、私の質問に答えてくださいますか」


 自分でも驚くほどの低い声が部屋に響き、俺の様子に驚いたユリアーネは目を見開いてこちらに視線を向けており、団長は厳しい表情を崩し、俺に視線を向けていた。

 夫人は一度びくりと肩を震わせ、恐る恐るといったように答える。


 「本気も何も……貴族の令嬢がその役割を投げ出して失踪したのです。当たり前の対応だと思いますわ」


 「それならば夫人の思う通りにするといいでしょう。ただし、そうすればクレメリー団長や貴方が他の貴族達から後ろ指をさされるでしょうね」


 俺は苛立ちを隠さずにそう告げた。


 「ど、どういう意味です?」


 「お母様……、お姉様が今どれだけの家の男性に婚約を申し込まれているのかご存知ですか?」


 ユリアーネが夫人に躊躇いがちに尋ねる。


 「さぁ……旦那様に任せているけれど、人並みには来ているのでしょう?」


 「それでは、男性達が婚約を申し込む理由をご存知?」


 「リーザベルも年頃で美しい容姿を持っているし、侯爵家の一員なのです、家柄でしょう」


 そこまで聞いて、ユリアーネは首を振った。


 「お姉様は、あの次期宰相と期待されているフォルセ殿下からお声がけされる程に社交界では淑女と認められているのよ」


 ユリアーネの言葉に、夫人は驚いたのか目を見開いた。

 フォルセ殿下は王太子殿下を支えるべく英知を磨いてきている。そして、表の顔では厳格でまるで氷のような王子だと言われているヴァルと対になるように穏やかな気質を見せ、夜会では人がその周囲に居ないことがない程なのだ。そんな彼は自ら声をかけようとせずとも周囲が我先にと声をかけにくる。だから彼から声をかけることは本当に稀なのだ。

 そんなフォルセ殿下から夜会で会う度に声をかけられるリーザは、当然周囲から彼と親しいと思われる。その上、リーザはフォルセ殿下と話が弾む程聡明であるというのも社交界では有名な話だ。つまり、彼女はフォルセ殿下との繋がりを持ちたい家の令息達からは喉から手が出る程欲しい力を持つのだ。



 「夫人が仰るようにすれば、貴重な存在を放り出したようなものだ、と他の家から言われるでしょう。久しく社交界を離れていらっしゃる夫人のことです、お耳に入らないのも無理はないと思いますが、これは酷いとは思いませんか、団長。いくら大切だからといっても、外に出さずに家に閉じ込めている団長にも私は疑問を感じざるを得ません」


 俺は団長の方に視線を向けると、彼はそっと視線を逸らした。


 「だ、旦那様はわたくしの身体のことを考えてくださっているのです!いくら旦那様の跡継ぎだと認められてるといっても、口が過ぎます!」


 「そんな事は百も承知です!それでも、そこまで努力をしているリーザを認めない貴女に、わかっていて何もしない団長に、憤りを感じているんです!」


 半ば叫ぶようにそう言った俺に、夫人は二の句が告げられないのか口をぱくぱくとしている。俺は構わず続けた。


 「私は出会ってからリーザの事しか知りません。それでも、彼女は私に色々な表情を見せてくれました。夫人、貴女は先ほどリーザが昔から何を考えているかわからないとおっしゃいましたね。それが私には不思議でなりません。彼女は感情に伴った表情を見せてくれていました。……屋敷で彼女から距離を置いていたあなた方にはわからなかったのかもしれませんが」


 本来自分が安らげる場所にならなければならない家の中で本来の自分を出せないのがどれほど辛い事なのか、俺には解らない。けれど、その状況に居たリーザがどれだけ努力しても見向きもされない、その中でどんなに無理をして笑っていたのか、俺は知っている。


 「団長。知っていますか、リーザが剣術を学び始めた理由を」


 「……いや」


 「邸に忍び込んだ不届き者に彼女が襲われたからですよ」


 「なっ……!馬鹿な……!」


 団長は絶句したような顔をする。……確かに、警備も厚いクレメリー邸で何故そのような事が起こるのかわからないよな。だが。


 「リーザには邸の使用人も普段は控えていないですよね?」


 そして俺の言葉に団長は驚いたように夫人の方を向いた。団長は仕事で忙しく、邸内の事は夫人や使用人に任せていた様で、やはりその状態は知らなかったのだろう。


 「ヘルミーナ、お前……!何をしていたか、解っているのか!?」


 「そ、それは……。だって皆リーザベルの事を気味悪がっていたのよ……」


 ばつが悪そうに視線を泳がす夫人に、団長はしばらく黙った後、長い溜め息を吐いた。


 「クレメリー夫人、それでも誰かが手を差し伸べられる状況にすべきだったと思いませんか。」


 「ですが、リーザベルはその時も無事だったでしょう?何でも1人でできているもの、それならばそれほど大きな問題でもないでしょう」


 その言葉に、俺は頭に血が上るのが解った。だが。


 「ヘルミーナ、いい加減ヴィーヌス君が言いたい事が解らないのか」


 低く通る声で団長が咎めるように夫人に告げる。


 「だ、旦那様……」


 「リーザベルは確かに幼い頃から自分で何でも出来る、聡明な娘に育った。だが、お前や私がユリアーネばかりに構って、リーザベルに何をしてやれた?何もしなかったから、誰も手を出さなかったからリーザベルは歳のわりに大人びてしまって、感情すら私たちに見せなくなってしまったのではないのか。距離を作ったのは、彼女をそうさせてしまったのは、私たちの方なんだよ」


 困ったように眉を潜めた団長はそこまで言うと肩を落とした。


 幼い頃からリーザの置かれていた状況にいれば、いつしか両親や家の人に何かを求める事を諦めるのは想像に難くない。それが自分が傷つかない様にする方法だと解ってしまうからだ。そうやってどんどん自分を押し隠して、感情に鈍感になるように努めるのが、傷つかないように心を強くしていくための方法だと思ってしまう。実際、会ったばかりの彼女は素直に表現する事が稀でぎこちない笑顔が多かったのだ。

 頼れる人も居ないから、一人でも生きていけるように、自分で何でも出来るようにと色々な知識を身につけていった彼女が、最終的に行き着いてしまうのは。


 「リーザは聡明です、それに貴女達に手を差し伸べられなくても、自分でなんとかしようとするまでに心が強い。けれど、傷つかないように心を強く持とうとする手っ取り早い方法は、きっと自分の感情やら何やらに鈍感になることなんです。……そうやって努めていって究極的に心が強くなってしまったらどうなってしまうと思います?」


 その俺の言葉に団長は眉を顰め、ユリアーネははっと口元を抑える。夫人は訝しげな表情をしているだけで何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、俺は理解しようとは思えなかった。


 俺は一息を置いて、それから口を開く。


 「きっと、何も感じなくなってしまう。それはどこか欠落した人間にしてしまうと思うんです」


 俺はリーザにそんな風になって欲しくなかった。だから彼女が素直に笑えるような存在に、拠り所になろうとしたのだ。……最近はそんな存在になれているのかも怪しかったのだけど。

 だが、リーザがこうやって自分を押し隠してしまう環境から抜け出したということは、人間らしい感情を無くしたくないと無意識に感じていたからかもしれない。そして、それを選んでくれたことにどこか安堵をしている自分もいる。

 俺の想いを告げられなくても、彼女が自分らしく居られる場所にいるのならそれで良い。それが俺の側で無い事が、彼女の気持ちも読み取れず臆病だった俺への罰なのだろう。

 それでも、リーザが無事であるかどうかは知りたい。


 「ヴィーヌス君」


 「何でしょうか?」


 「私たちは、私とヘルミーナの過ちで、間違ったままリーザベルと別れてしまった。私はリーザベルと距離がある事に気がついていながらも、何をすれば良いか解らず何もしなかった。ヘルミーナは……、恐らくどうすれば良いか解らずに遠ざけようとしたのだろう」


 夫人がビクリと肩を震わせた、という事はそれが図星なのかもしれない。団長は続けた。


 「これは身勝手な願いだが……リーザベルを解ってくれている君だから頼みたい。彼女を探し出してくれないか。……どうしても、謝りたいんだ。どうか、頼む」


 その顔は、初めてクレメリー邸を訪れるときの、邸を定期的に訪れて欲しいと頼んできた団長の表情に重なった。もしかしたら、あの時団長はリーザベルとの距離をどうにかしたくて、俺をリーザとユリアーネの遊び相手として連れて行ったのかもしれない。

 それでも謝るという言葉に、今更と思うところもある。だが、これはリーザの為にも必要な事なのかもしれないとも思う。ーーー家族と解り合えないなんて、酷く寂しいものだろうから。


 俺は二つ返事で了承した。



 リーザベルの捜索は予想通りに難航した。最初の一月は寝る間を惜しんで仕事の合間を縫って探し廻ったが、決定的な足取りは掴めなかった。というより、時間的限界があったのだ。

 もともと王太子殿下の執務の手伝いに、騎士団の仕事がわんさか舞い込んでくる俺に自分の時間を得るような余裕はなく、捜索に割ける時間はそうとう短かった。


 「難航しているようだな、ヴィーヌス」


 「そうだな……だがヴァル、今回の国内視察は俺の為なのだろう」


 「俺としては各地の状況を見る良い時期だと思ったのもあるが、確かに惚れた令嬢に逃げられた哀れな親友の為でもあるな」


 にやりと笑う王太子殿下は、口を動かしながらも手元にある資料に目を通している。リーザが居なくなる前から計画された視察はそれでも突然のことで、予定を調整するために執務はいつも以上に忙殺されていた。俺は彼の恩情あってリーザ捜索の為に早めに切り上げさせてもらっていたが、俺と同等かそれ以上に身体を酷使しているのはお互いに解っていた。

 

 

 

 視察を初めて二ヶ月。王都から西の地方から時計回りに回り、そしてとうとう南の流通の中核都市であるシャイデンがあるマクイルオス侯爵領にたどり着いた。俺は王太子殿下の移動中の護衛としてこれに同行しているが、これは表向きのもので、実際は現地でリーザの捜索をしているのは、王太子殿下も了承している事だ。

 侯爵邸に殿下を送った後、俺はラフな装いで単独でリーザの捜索へと出た。


 リーザの事だから大きい街では姿を見られる可能性が高いと思って、それ以外の街や村に身を置いていると考え、シャイデンの周囲にある街から探そうと思っていたのだが、その途中の馬の乗り継ぎを行おうとした際に王都での聖誕祭の時に行われたパレードで俺の姿を見かけた事があるという人物に街道の途中で話しかけられ、それからは一気に人に囲まれてしまった。


 「あの、ハーロルト様なのか?」


 「なんて素敵な方なの!」


 「噂のお方か。やはり其処ら辺の庶民とは違うな」


 時間が限られているし、軽くあしらって早くこの先の街に行こう、と考えていると、近くを旅の馬車を通った。前に二人の男女が乗っている様だ。人が集まっている近くを通ろうとしていたのでそこまで速いスピードではない。男の方は少し幼く見え、姉弟のように馬の操舵を女性に任せ女性にしきりに何かを話している。

 俺はその操舵者が目に入った瞬間、息をのんだ。


 波立つような銀色の髪に、宝石のような翡翠色の瞳。


 見えたのは一瞬だったが、見間違う筈が無い。あれはリーザだ!

 過ぎ去っていったその馬車を俺は食い入るように視線で追う。それからすぐに俺は囲んでいた人だかりを苦戦しながら抜け出し、馬番に金を渡して馬を走らせた。


 やっと、見つけた。


 それから彼女をたどり着いた街の広場で見つけるのにそう手間も時間もかからなかった。男の方とは別れたのか、一人でベンチに座って何か考えているように地面をじっと見つめている。

 そこへ近づくと、彼女はいつも俺に見せてくれていた笑顔で他の男の名前を呼んだ。

 俺は動揺を隠して受け答えをしたが、その衝撃が強すぎて、何を話していたのかあまり覚えていない。ただ、彼女が酷く動揺していて、それでも『自分の居たい居場所を見つけた』と言って、俺を追い返そうとしていたのは覚えている。それから馬車に一緒に乗っていた男を彼女が見つけ、彼を引っ張ってそのまま去っていった。

 

 リーザが俺以外の人間に笑顔を向けた。俺の隣ではない居場所を見つけたという。

 その衝撃は予想以上に俺の心をかき乱し、俺はしばらく放心したようにその場に立ち尽くした。

 俺は、リーザが自分の隣に居なくても、彼女が自分らしく居られる場所にいるのならそれで良い、そう思っていたのではなかったのか。

 それなのにこんなに傷ついているのは、どうしてなのか。……あのリーザの隣にいる男にこんなにも嫉妬しているのは、どうしてなのか。


 結局のところ、俺はそう考えていただけで納得はしていなかったのだろう。

 いくら彼女が隣に居ない事が俺の今までの行動の結果で、俺にとっての罰であるとしてもだ。

 出会ったときから俺の心を掴んで離さなかった。ずっと隣で笑っていて欲しいと思っていたのだ。

 それに、俺はまだリーザに何も伝えていない。ここで諦めるなんて、さらに後悔するに決まっている。


 俺はこの時初めて、リーザの事も他の事も考えず自分の感情を優先にした。


 次の日、俺は見失ったリーザを追うべくシャイデンへ向かう街道の近くで街を守る兵達に彼女を見かけていないか話を聞きにいった。シャイデンまで2日程度かかるのだから、恐らく一日はこの街で過ごして、それからどこかへ向かうと考えたのだ。

 

 「ああ、その女性なら先ほどこちらを通りましたよ。昨日も通られたんですが、なんでもシャイデンからおばあさまを迎えに参られたそうで」


 「そうか。情報提供感謝する」


 「いえいえ。とても綺麗な女性だったので、つい声をかけたんです。すみませんが、ヴィーヌス様と彼女はお知り合いですか?」


 「……そうだが、それがどうした?」


 「いやぁ、私の同僚が一目惚れをしたそうなので、何かご存知でしたら伺おうかと」


 悪びれない様子でそう言った兵に若干眉間に皺が寄りそうになるのを我慢する。


 「ああ、彼女は……もういい相手が居るようだぞ?」


 「そうなのですか。……それは残念ですね」


 それでは、と話を切り上げて俺はシャイデンへと向かおうとしたのだが。


 「そうだ、昨日この街道に野党が現れたと先ほど報告が入ったんです。」


 その言葉だけで俺は彼が何を言いたいのか理解した。


 「わかった。それは一応こちらの警備隊も出せるのなら出しておいた方がいい。出来るか?」


 「おそらくは」


 「そうか、俺はこのままシャイデンへ向かうが、その道中に出会ったら掃除はしておく。その後の処理は任せる」


 「わかりました」


 そうして今度こそ、俺はリーザの後を追う為に急いで馬を駆った。

 リーザの連れが乗っているのは馬車で、野盗が狙いそうなものだし、何より彼女の容姿はそこらにそういるようなものではない。……狙われる可能性は高いだろう。

 こうしている間に襲われていたらたまったものじゃないな、と最悪を考えないようにしながら、俺は急いだ。


 ようやく追いついたのは、丁度彼女が男達に囲まれて襲われそうになっていて、馬車が走り去っていく所だった。きっとリーザはあの男を逃がしたのだろう。

 俺はリーザを守るために男達を薙ぎ倒す。

 男達は見かけだけで、手強いということはなかった。それでもリーザ一人でこの数を相手にするのは、無理があるだろう事は明白だ。それでものびている男もいたから、反撃もしたのだろう。

 一段落してリーザの様子を確かめると、彼女は呆然とした様子で俺を見つめていた。


 「何もされてないか?」


 「何も。……大丈夫よ、貴方がきてびっくりしているだけだから」


 呆気にとられているけど、確りと応答するリーザはやはり彼女らしいと思う。最近までの当たり障りのないものではなく、俺が知っているいつも・・・の彼女だ。

 それでも心配で、何もされてないか、怪我はしてないかとリーザの身体を確認した。

 

 「後を付けてきていたのね」


 苦笑いをしながらリーザが俺にそう言う。


 「リーザがこっちの方向に向かったし、俺もこちらに用があるからね」


 「私、もう構わないで下さいと言ったわよね?自分の用があるのなら早く済ませれば良いじゃない」


 「俺はそれに了承した覚えは無いし、俺が来なければリーザは大変な事になっていただろう?」


 ああ言えばこう言う。なんだか久しぶりにこのような会話をしているな、と俺はどこかほっとした。


 「感謝するわ。……助けてくれてありがとう、ヴィーヌス。今回の事は、そうね。本当に貴方がいなければ危なかったわ」


 そう言って彼女が見せたのは少しぎこちないが、それでもリーザの本当の笑顔だった。俺はたまらなくなって、リーザを抱きしめる。

 ああ、俺はやっぱりリーザじゃないと、だめだ。


 「な、ヴィ、ど、どうしたの?」


 「だめだ、やっぱり無理だ。諦められない」


 「ちょっと、苦しいから離して、ヴィーヌス!」


 「無理だ。離したら逃げるだろう」


 「こんなところ、誰かに見られたら困るでしょう」


 「なにも困らない」


 「だめよ、だって貴方今、婚約しているのでしょう?ユリアーネに示しがつかないでしょう!」


 リーザの言葉に、俺は思わず彼女が何を言っているのか解らなくなった。


 「何故そこでユリアーネが出て来る?」


 「はぁ?だって、貴方。ユリアーネと婚約したのでしょう?」


 俺が、ユリアーネと婚約……?

 こんやくって、あの婚約だよな?俺が団長にリーザとのを申し込んだのど同じ婚約だよな……。


 「……俺はユリアーネに婚約の申し込みをしていると思われていたのか……?」


  「……違うの?だって、クレメリー家の令嬢とハーロルト家の三男との婚約が決まったって確かに聞いたのよ」


 「確かに、団長から俺はその了承を得た」


 「なら、やっぱりそうじゃない。ハーロルト家の三男の貴方と、クレメリー家の令嬢のユリアーネが結婚するんでしょう?」


 かみ合ってない会話に思わず眉間に皺を寄せた。


 「あのな、クレメリー家の令嬢はユリアーネだけではないだろう」


 「?そうね。けれど、もうすぐそうなるでしょ、私は縁切られるわけだし。」


 駄目だ。完全に話している前提が違う気がする。俺はリーザをクレメリー家の長女だと見ているが、リーザの中ではもう彼女自身はクレメリー家の人間ではなくなっているのだ。

 それでも、俺は団長がリーザを娘だと思っている事、今までの状態に対して謝りたい、と言っていた事を知っている。だから俺は必死に彼女がクレメリー家から縁を切られることはないだろうと説得しようと試みたのだが、彼女は自分がいなくてもユリアーネが居るから問題はないし、探す理由が他にないと言う始末。それでも食い下がると、動揺してただけだろうって。

 取りつく島もない、とはこの事だ。

 俺はふう、と一息つくと、


「あのな、リーザ。俺は団長から直々に探索を頼まれているんだ。絶対に見つけて欲しいと切実に頼ってくださっているんだ。それに俺は……」


 リーザに婚約を申し込んでいたのだ、と続けようとしたのだが。


 「……いい加減にしてよ!」


 憤りを隠そうともしない、リーザの声が飛んできた。


 「今まで妹ばかり可愛がって両親とも家族らしい関わりが出来ず、一生懸命自分を見てもらおうと努力してきたけど無理だった!ユリアーネは私を慕ってくれて可愛いけれど、両親の愛情を受けていて、私との差に劣等感を抱かずに居られるような出来た人間じゃないのよ、私は!それを周りに打ち明けられるような友人も出来ずにずっと必死に隠して、やっと自分らしく居られる人ができて、それでもその人もやっぱり妹の方が良くって!もともとあの家に自分の居場所もなかったのだから、それなら自分1人で生きていって、自分の居場所を探そうとしても良いじゃない!それなのに!何なのよ、今更連れ戻そうって!居なくなったからって心配して探しまわられても信用できる訳がないでしょう!やっとよ!家を出てやっと自分を押し隠さなくてもいい場所を見つけたのよ!」


 泣きそうな顔で、リーザが訴えてきているのは、まぎれもない彼女の本音だ。家族にも話せず、ここしばらく俺にも打ち明けてくれなかった、彼女の想いだった。

 

 「リーザ……」


 俺は、彼女を再び抱きしめたくて手を伸ばそうとするが、避けられてしまう。


 「そうやって、私に触れないで!その腕の中は私の居場所なんかじゃないのよ!ユリアーネの場所なんだから!優しくされたって、私が嬉しくもなんともないの、解ってよ!」


 違う。俺はユリアーネではなくて、リーザを抱きしめたいのだ。


 「いつもそうよ!私の本当に欲しいものは、手に入れられない!ユリアーネには簡単に手に入っても、私にはこんなにも遠いの!お父様とお母様の愛情も!特別な貴方の隣も!自分が欲しいと思ったものは全部、全部!」


 「リーザ!」


 このリーザの想いは、きっと本音だ。

 俺の事を特別だと言った。俺の事を欲しいと、思ってくれていたのか。俺がリーザに思っていることと同じように……!

 たまらなくなって、俺は彼女を抱きしめ、まるで吸い込まれるようにその唇にくちづけをした。


 一瞬硬直した彼女はそれまでの勢いを失い、落ち着いたようでだんだんとその硬直は解けていく。

 そっと離れると、何が起こったのか把握したようで、一気に頬を真っ赤に染めた。

 それから耳元で名前を呼ぶと、彼女は戸惑ったように、恋人に囁くみたいじゃない、つぶやくように言った。


 「そうだよ、リーザ。俺はお前がこんなにも愛しい。」


 初めて直接告げる想いは、ストンと素直に言葉にすることが出来た。

 それでも動揺して信用しようとしない彼女に、俺は全て正直に答えていく。今までのすれ違いは、こうやって素直に想いを告げなかったことに問題があったのだ。


 正直に夜会で他の男に嫉妬していたと告げると、彼女は不思議そうに首を傾げ、そういう仕草も彼女の感情を何もかも俺の前でして欲しいとも告げた。

 そんな明確な独占欲を見せているのに、彼女は何故だと聞いてくる。……何事も察しがよく立ち回れる彼女が、恋愛方面に鈍感だったとは。

 俺は自分に呆れるような気持ちになって、思わず溜め息をついてしまった。

 俺はいままでリーザが特別だと態度で示していたつもりだった。直接的に言わずにいても、彼女なら察してくれるだろうとも思っていた。

 だが、それは勝手な俺の思い込みだったのだ。


 ああ、まだ俺の知らないリーザがいたのか。

 そう思うと、俺は彼女のことを何も知らないのかもしれない、と思えてくる。

 それでも、リーザのことをこれから一番知っているのは俺でありたい。

 その為には、俺が彼女の一番近くに居る努力をしなければ。

 まず、俺が一番始めにするべきことは。


 「何故ここまでいろいろと拗れてしまったのか理解した。態度で示しても回りくどく伝えようとしてもこういった事はお前には伝わらないんだな。」


 「?」


 首を傾げるリーザが可愛らしくて、再び口付ける。それから真っ赤になった彼女に俺は微笑んで告げた。


 「リーザ、愛している。俺と結婚してくれないか」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 でも、それでもと俺の想いを否定しようとするリーザを俺は思いつく限りの言葉を使って愛を囁いた。今まで躊躇していたのが嘘のように素直に言葉にできるのは、リーザが俺のことを同じように想ってくれていることが解ったからかもしれない。

 それでももう俺は自分の想いを素直に伝える事を止めることはしない。それが今までのすれ違いを生み、彼女を余計に苦しませ、悲しませたのだから。

 最後には彼女は顔をこれでもかというほど真っ赤にさせて、恥ずかしそうに頷いてくれた時は、舞い上がって再び彼女にキスを落とした。

 

 リーザがシャイデンでお世話になっていたという宿で、彼女が定期的にここを訪れ、手伝いたいとと言った事には驚いた。それを容認しなければ帰ってこないと言ったので焦った俺は一緒なら、と渋々了承した。

 そこを去る時にあのリーザと一緒に居た男が俺よりも強くなると言った時には思わず顔を顰めたのは仕方がないと思う。

 

 その後マクイルオス領主邸に彼女を連れて行くと、クレメリー団長がその瞳に涙を浮かべてリーザに抱きついたのには驚いた。思わずその場に居た王太子殿下と顔を見合わせて苦笑いをしてしまう程だ。

 それでも、これが団長とリーザが歩み寄るための一歩になればいい。そう思って見守った。



 「それで、ヴィーお兄様はお姫様と結ばれたのね」


 「そうだな。お姫様みたいに綺麗な方だよな、義姉上は」


 「い、いやね、私は姫なんてたいそうな人間ではないのよ?」


 「けれど、まるで物語のようなお話だったわ!これでお義姉様に逃げられていたら、お兄様は絶対に誰とも結婚できなかったわね。」


 今日は近日中に王太子殿下の戴冠式が行われるため、それに伴うパーティーに参加する為に王都に来ていた弟と妹がクレメリー家に遊びにきていた。

 妹が俺たちの馴初めをしつこく聞きたがったので、リーザが苦笑いをして恥ずかしながら語っていたのだ。


 「そうだな、俺はリーザ以外考えられないし。リーザがあのまま見つからなければ、俺は騎士団長にもならなかっただろうな」


 仕事も辞めて、リーザを探しに旅に出ていたかもしれないし、領地に引っ込んで兄達のサポートをしていたかもしれない。


 「そうなっていたら、この子も産まれてなかったのね」


 そう言ってリーザはその腕の中で眠っている赤ん坊の頬を指で撫でた。その時の幸せそうな顔を見て、思わず俺も頬を緩める。


 「なんて言うか、お兄様達はそうしているのが一番似合っていたと思うわ」


 その言葉は、まさにその通りだと思う。

 この幸せな光景は、俺がリーザと出会った時からずっと望んでいたものだ。

 きっとリーザも、俺と同じように思ってくれていると今なら解る。

 

 俺はそっとリーザの肩を引き寄せて、額にくちづけを落とした。彼女がくすぐったそうに目を細めると、あたたかな気持ちが沸き上がってくる。

 望んでいたものが、自分の手の中にある。俺は、この幸せを生涯ずっと守っていこう。

 それを誓うように、俺はいつまでも愛の言葉を囁くのだ。


 「君を、愛しているよ」

 


 

ヴィーヌス視点のお話はここで終わります。

ご期待に添えていなかたったら申し訳ございません。


補足しますと、相手の事を考えすぎて自分を抑えてしまうヘタレだけど、キメる時はしっかりキメる男の人が書きたかったのです。

あと、言葉にしないと伝わらないんだぞ、というところも書きたかったのです。


何人かの方にも指摘をいただきましたが、本編は何だか長くなりそうで最後の方に書きたかった色々をばさっと省いてしまってハッピーエンドなんだよね?っていう状態になってしまいましたので、いろいろ補足のお話を書いていきたいなと思います。(短編で終わらせるつもりだったのであまりの長さに省いてしまいましたごめんなさい)

ちょっと年明けに旅に出るので、返ってきたら視点をリーザベルにお返ししてお送りしたいと思います。

 その前に番外編的なのをひとつ投稿します。お楽しみいただけると幸いです。

では。

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