一章 一話
静寂の中にぴちゃん、と水滴の音が響く。
金で造られたいくつもの飾り物。真っ赤に染め上げられた絨毯。幾つもの陶器の数々。宝石で彩られた巨大な玉座。
そこは謁見の間と呼ばれていた場所だった。つい数時間前まではそう呼ばれてしかるべき絢爛豪華さと、人々を従える王がその玉座に君臨していたのである。
今は数々の金細工も陶器も血に染め上げられ、絨毯は部屋の中を埋め尽くさんばかりの死体達から流れる血で色が変わり、無数に突き立てられた武器の数々で穴だらけになってしまっている。
かつてこの国の王であった男はと言えば、首のない死体だけが玉座のすぐ側に乱雑に転がされていた。
そして本来、王が座っているはずの玉座には別の男が腰掛けている。王ではなく、かつてこの国の家臣であった男だった。
玉座に座る男は眠っていた。大きな体躯。熊と見間違えんばかりのその体躯は、大柄な男が多いこの国でも一際大きかった。
側に立てかけられた斧槍は男のものだろうか。この斧槍も男に合わせて大きく、無駄な装飾など一切ない無骨な代物だったが、その光沢は見るものの目を惹く代物であった。
そしてどうやら水滴の音はその斧槍が原因だったようだ。立てかけられた先端、尖った部分に突き刺さった物―――この国の王の首。
そこから血が流れ落ちて血溜りをつくり、髪から滴る血が音を立てていた。
「む……」
玉座に居る男が水滴の音に誘われ、眠りから徐々に覚醒する。
立ち上がって首を二度三度と鳴らすと、返り血に濡れた服が乾いていることに気が付き、ごわごわとした不快感に男は顔を顰める。
顔を上げて辺りを見渡せば、己が行った虐殺とも言える惨状が目に映る。
彼は顔を動かして、ふとその一角で視線を止めた。視線の先にいたのは槍で壁に縫い付けられた赤い服を着た男。
―――彼はこの国の英雄と呼ばれる人々の一人だった。
山の悪魔と呼ばれる怪物により窮地に陥った故国を救い、部隊指揮にも優れて数々の戦場で先陣を飾っては敵を切り裂いていった。
更にその横。柱一つを隔てた場所に転がる、胴を分断された青い外套に身を包んだ男。
―――彼も英雄だった。
魔術の扱いを苦手とするこの国に生まれながらも魔術に優れ、敵陣の一画を消し飛ばしては敵兵を震えあがらせた。
更にその奥。謁見の間の入り口。
そこにいるのは祈りの形を取ったまま力尽き、絶命している白い少女。
―――彼女も英雄だ。神に祈りを捧げ、己の寿命を削ることで死の間際にいる怪我を負った人間でもたちまち回復させる。
また薬学にも優れ、幾つかの難病も彼女によって治療法が確立されていた覚えがある。
更にそこから少し離れて絶命している商人風の男。
彼は有名な魔獣使いだった。様々な魔物と言葉をかわし、何かと気風のいい男だった。
玉座の男がちらりと後ろを振り返れば、そこには商人風の男が使役していた怪物の姿がある。
今でこそ首が螺子曲がり奇怪な姿をしているものの、かつては人々に恐れられた竜の末裔。
玉座の男が怪物を殺したことで、怪物と命を共有していた商人風の男は絶命してしまったのだろう。
他にも無数の死体が、この謁見の間で物言わぬ躯と成り果てている。
彼らは同様に、この国で知らぬ者のいない強者であるか英雄と呼ばれる者達。
そのすべてを―――たった一人の男が殺した。
男の名はヴァイス。目的もなく、ただ闘い続けることを選んだ修羅である。