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勇者的タランテラ  作者: 一六波 奏
3章 資質
17/62

3

 便利すぎる転移魔法で着いた先には、巨大な壁が待っていた。なんて進撃、と思ったのは内緒だ。ちなみによく知らない。

 処々に崩れたところが見えるその壁には、一様にペイントがされている。壁のボロさも相俟ってどこかおどろおどろしい。廃れた住宅街の空き地みたいだ。

「で、ここってどこなんだ?」

「シィラ、っていう、地方都市だった場所だよ。ええっと、図で表すと……」

 適当に尖った石を使い、地面になにか描き始める。横に長い逆三角形と、その中央に円。

「ここがレグスで――」

 ゴリゴリと逆三角形の左端に印をつける。ちょっと待て。

「……これなんなんだ?」

「世界地図」

 三角の内側、円の外側をさして大陸、円をさして大陸海と説明が入る。嘘付け。そんな大陸があってたまるか。

「……ちょっと、簡単にでいいから、ウサギ描いてみてくれ」

「うん?」

 頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、ルインは素直に描き始める。うん、思ったとおり。

 俺、ウサギって言ったよな。ウサギに牙は生えていないし、耳は長いよな。というか目が怖い。焦点が合っていないうえに瞳孔がカッ開いていて怖い。口が笑っているのが余計不気味さを引き立てている。

 思ったとおり、こいつ、絵心ゼロだ。

 いや、もしかしたら、この世界のウサギはこうなのかもしれない。そう思ってその横に俺も描き始める。俺だって決して上手いわけではないが、ここまで下手じゃないぞ。

「わ、ウサギだー。ユウトって絵上手いんだね」

 どうやらこっちの世界でもウサギはウサギのようです。

 やっぱりこいつの絵心は当てにならないな。同時に地図も信用ならない。適当に聞き流して終わろう。

「続きをどうぞ……」

「うん? うん。ここが俺の家で、ここがここ――シィラ」

 ルインの家が、レグスとされた点から南西の、円のすぐそばに書かれた。シィラはレグスとルインの家の大体中間に置かれる。

「流通の中間地点として栄えてた都市だったんだ。国の中だと、3か4番目に大きいんだったかな」

「都市『だった』って……」

 何故過去形なのだろう。嫌な予感しかしない。

「……中に入る前に忠告しておくね」

 憂いを帯びた声に、なんだよ、と茶化してみる。しかしルインの表情は至って真面目で。どうやら真剣に聞いた方がよさそうだ。

「死者は生者を羨ましがっているだけだから。そこは許してあげて。そして呑み込まれないで。彼らは哀れだけど『敵』だ。彼らの嘆きに耳を貸す必要はないよ」

「それは……」

 どういう意味だ。

 中に何があるのか、と、敵ならば容赦しないのか、と。二つの意味で問いかける。中に入ればわかるよ、とルインは微苦笑を浮かべた。

 しかし、どこから入るのだろう。入り口らしきものは見当たらない。その疑問はすぐに解決したが。

 ルインが風魔法で空中を舞う。なるほど、その手があったか。俺も真似して飛び上がった。

 壁を乗り越える手前から、覗き込んで見えた内部は――死都だった。

「なん、だ、これ」

 破壊の限りを尽くされた、蹂躙された街。街中に降り立ってみると生々しさを感じる。

 元は市場だったのだろう。出店は荒らされ支柱もろとも倒れている。壊れたカゴから零れた食べ物は腐り、虫が集っていた。

 無事な建物はどこにもない。ひとつ残らずどこかに破壊痕があった。この暴挙が行われたのは食事時だったのだろうか。壁が崩れた民家の中のテーブルに、腐った料理が乗っていた。

 酷い有様だ。いたるところで小蝿が舞っている。生ゴミのような臭いに喉の奥が閉まる感覚がした。

「2カ月ほど前に、ね。イドの罹患者が暴徒と化して、たった一夜で廃都になったんだ。ギルドに応援要請が来たんだけど、駆けつけた時にはもう遅かった」

 道端に転がった、泥まみれで腕が千切れたテディベアを、ルインは優しい手つきで座らせる。これを持っていたのは少女か、少年か、それとも子供に与えようとした親か。

「イドって、こんなに……」

 こんな凶行を起こさせるほど、影響力を持っているのか。一夜で一つの街が滅ぶほど。

「助けられなかった人たちの嘆きや苦しみを餌に、死霊系の魔物が集まってる。ここが第一種禁忌区域になってるのはそのためだよ」

 気をつけて。感情をひた隠した硬質な声で言う。

「死霊は生者を妬み呪う。付け入る隙を与えないで。引き摺り込まれたら、生きながら死んでしまうから」

「あ、ああ、わかった」

 了承したのを見て、ルインが“大いなる(bi)光の(thgil)護り(draug)”と唱える。きらきらと優しい光が2人の体を包み、消えた。

「今のは?」

「死霊の呪詛をある程度防ぐ術。気休めにしかならないからあてにはならないよ。魔法とは違うから、相殺できないんだ」

 長時間いるのは体に毒だから早く行こう。促され、足早に廃都の中を進む。

 時折襲いくる、やせ細った上半身に牛角を持った、半透明の化け物――レイスを光の矢で屠り、彷徨うゴーストを成仏させ、前へ前へ。攻撃するたびに上げられる哀れな悲鳴が、耳にこびりついて離れない。

 自然と沈黙が降りる。とても明るい話題など出せそうもない。街の様子も、死霊の声も、気を滅入らせる。

「大丈夫?」

「大丈夫、って言いたいとこだが……キツイ、な」

「そう、だね。第一種禁忌区域は、戦闘力の強さだけじゃどうしようもない場所だから。第二種なら腕っ節が強いだけの魔物が多いから、まだ楽なんだけど」

 マスターも無理させる、と本日何度目かの溜息。つられるように寄ってきたレイスに、見様見真似で光の玉を投げつける。悲痛な叫びが耳に痛い。

「デュラハンはどこに?」

「多分、墓地に」

 てことは、向かっているのは墓地か。気が重い。街の中だけでああなのだ、墓地になんて行ったらどうなることやら。死霊が多く集まるイメージがあるから、今までよりも相対する数が多そう。

「デュラハンって、こっちの世界だと死ぬ日を告げる亡霊なんだけど。アーティートでもそうなのか?」

「ちょっと違うな。こっちのデュラハンは、Sランク指定の魔物。大量の血や死体とか、虐殺の現場に残る死者の嘆きとか、そういうものを核に魔力が集まった、ただの魔物だよ」

 ちゃんと肉体を持ってるから亡霊じゃないし倒せる、と続け様にゴーストを払う。虚ろな目をした女が、満面の笑みを浮かべて消えていった。

 実体があるならいい。物理的にどうにかなる相手ならどうにでもなる。

 奥へ進むにつれ、空気が冷えていく。気温が下がったわけではない。重く冷たい雰囲気に、体感温度が狂っている。

 崩された墓標が並ぶそこ。淀んだ空気が漂う墓地に、そいつは居た。

 ところどころ肉が削げた馬。それに乗る、首のない甲冑の騎士。手には長槍を持っている。

 禍々しいそいつ――デュラハンを見つけた瞬間、俺たちは行動に出た。ルインは両手に魔武器【シェルト】を発現させ、そいつに肉薄する。俺はその後ろで、自分を囲む結界を作り佇んでいた。

 なぜ俺が参戦しないのか。答えは明白、足手まといだから。

 ルインがひとりでデュラハンに対峙する分には楽勝なのだそうだ。しかしそこにまともに戦ったことのない俺が加わると、戦況がひっくり返る可能性が高まる。

 向こうにとっては俺に死なれたら困るし、俺としても死にたくない。だから下手に参戦せず、防御して待機ということに。

 とはいえ。その場に留まっているせいか、ゴーストやレイスが寄ってくる。そいつらを蹴散らすのが思った以上にしんどい。退治自体は簡単なのだが、残す悲鳴が精神を磨耗させる。

 気分覚ましに、とルイン対デュラハンの戦闘を見てみるが……お、おう、何が起こっているのやら。

 デュラハンが突き出した槍を右手の剣で受け止めた、かと思えばガラ空きの胴に向けて光のビームが。当たるまいと退いたデュラハン、先読みしたのかルインが軌道線状へ。左手の剣を繰り出す。槍が阻んだ。

 そんな一連の流れを1秒以下でやってやがる。頭おかしい。呆然と眺めてる俺の正面で手を振るゴーストには退散してもらった。

 何あれすごく怖い。参戦しなくてよかった、というかしても入れなかったと思う。ルインの目が怖い。完全に獲物に狙いすました野生動物の目だ。

 目まぐるしく変わる戦況。しかしそれはルインの剣がデュラハンの胸を貫いたことで、唐突に終わった。

 胸に突き刺さる剣を真横に流す。うげ、と顔をしかめた俺をよそに、ルインはその切れ目から心臓をえぐり出した。エグいグロい。その顔でそんなことしないでくれ、えげつない。

 脈打たない心臓を、魔法で作り出した透明な箱に入れ、四次元ポーチの中にしまい込む。その間に死体は霧散した。空気もどこか軽くなった気がする。

「帰ろっか」

「そうだな」

 とても長居したいところではない。目的は果たしたのだし、さっさとズラかるに限る。

「とっとと転移して――」

「え、ここじゃ使えないよ」

 へ、と間抜けな声が漏れた。

「な、なんでまた」

「防犯のため、だったかな。街中には転移魔法阻害の陣が敷かれてるんだ」

 なるほど。確かにどこにでも転移できたらマズイか。最初からここに転移しなかったのも頷ける。

 いや、まて。

「お前、ギルドと城で転移魔法使ってたよな」

「あれは俺が〈白色〉で、許可があるからだよ。それも限られた場所だけ。許可がないといくら俺でも無理」

 そうじゃなければ最初からここに飛んでいる、と正論を吐かれてしまった。やっぱそうだよな。ということは。

「じゃあ、来た道戻るしかない、のか?」

「そうだね」

 マジかよ。この街の不気味さはもうお腹いっぱいだ。あからさまに嫌な顔をした俺に、ルインががんばろう、と微苦笑する。いやだもうこりごりだ。

 クスクスとレイスの笑い声がした。嘲笑われた気がして光の球を顔面に叩きつける。断じて八つ当たりではない、違うんだからな。

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