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勇者的タランテラ  作者: 一六波 奏
2章 狩刻
12/62

6

 飛んだ先は森だった。広葉樹が生い茂る、紛れもない森。レグスだったか、街よりも暖かい。

 目の前にはログハウスがあった。バルコニーがあり、二階があり。一人暮らすには十分すぎるほどの大きさ。

「それが俺の家」

「デカすぎんだろ」

 多分一人暮らしだろうに、そんなに部屋がいるか? それは俺も思ってる、と苦笑が返ってきたので、これはルインが望んで建てられたものではないと判明。ならなんでこんなところに住んでるんだ。

「入る前に、森の主に会いに行こう」

「主って?」

 問えば、ルインは不敵に笑って。

「俺の母さんだよ」

 そんなことをのたまった。

 ルインの母さんっていうと、確か竜に育てられたとか言っていたから。

「まさか、ドラゴンとご対面?」

「そう」

 待て待て、いきなり死亡フラグが乱立した気がするんだが?

「それって、行かないわけには……」

「ダメ。この森に住むなら、精霊に認められることが条件。森の主は精霊の一番の僕だから、精霊が認めなければ主も認可しない。

 俺はヒトだから、精霊の声は聴こえない。だから直接母さんに聞きにいかないと」

 だから行こうか、と木々が生い茂る方を示す。どう見ても道なんぞなさそうなんですけど。それより。

「おい待て、精霊が俺を認めなかったら……」

「ぱくっと一口かもねえ」

 恐ろしいことをさらりと言うな。

「大丈夫だよ。ヒトをあんまり好まないけど、ユウトは勇者だもの。まさかこの森に危害を加えようとは思ってないでしょ?」

「そ、そんなまっさかー」

 ゴミのポイ捨てとかしないです大丈夫です。てか勇者だから大丈夫ってそういうことか。俺、勇者にはまったく向いていない性格なんですけど。

「ダメだったら俺がなんとか逃がすから」

 ダメなの前提に話すのやめてくれ。怖いだろ。

 ぼうぼうと茂る草を掻き分けながら、森の主のもとへと向かう。おそらく人の手が加わっていないから舗装された道がないのは当たり前。けれどこのまったく道らしくないところを通るのは辛い。

 動物が普段から歩いていればそこに獣道ができるものだが、今通っているところはそんな気配は微塵もない。新しい道を自分たちで切り開いている。

「ちょ、っと、待ってくれ」

 足場の悪い道は都会っ子の俺にはキツすぎた。アスファルトで舗装された平らな道が恋しい。石に躓きそうになるわ、ぬかるみで転びそうになるわ、そんなトラップを回避しようにも、胸のあたりまで長く伸びた草のせいで足元が見えない。歩きなれない場所に余計な神経を使って、すぐに息が切れた。

「大丈夫?」

 がさごそと戻ってくるルインは、汗の一雫すらかいていない。華奢で儚い印象は、どうやら間違いだったようだ。そういえばヴェクティスはこいつを『強か』だと称していたっけ。

 返事すらせず息を整えようとしている俺に、ルインが苦笑を零す。情けなくて悪かったな。

「転移すれば、早くないか?」

「母さん、転移魔法は好きじゃないから。不機嫌なところに会いに行きたくはないでしょ?」

 それはごもっともで。ただでさえ邪魔者なのに、印象を悪くしたらどうなるか。まだ俺は死にたくない。

「もうすぐ着くからがんばって」

 着きたくないが、やらなきゃいけないならさっさと終わらせるだけだ。ちょっとの休憩で息は整った。汗を袖で拭い、ルインに案内の続きを促す。

 何度か小休憩を挟みつつ、竜の巣穴へと辿り着いてしまった。

 背の高い木々が、捻れ、絡み合ってできた、自然のドーム。樹木でできた洞穴が、ルインの母さんの家らしい。入り口となる穴は大きく、まるで巨大な生物が大口を開けているかのよう。

 心の準備をする前に、ルインは中へ入っていってしまった。慌てて後を追って、ルインの後ろに隠れるようにして歩く。身長差的に隠れられない、なんてツッコミはいらない。

 中は意外にも明るかった。屋根となる木の隙間から漏れる光が、十分な照明となっている。

 バサバサと羽音が聞こえてきて、思わず肩をビクつかせてしまった。ドタタタとバスドラムでも叩いたかのような低音が聞こえたかと思ったら、何か巨体がルインに飛びかかる。

「ルインッ!?」

 白っぽい灰色の鱗に包まれた巨体が、ルインを押し倒していた。喉を鳴らす、獰猛な金の瞳の、そいつ。四つ脚に一対の皮膜翼、太く長い尾を持つそいつは、まさしく竜。

「あはは、慌てなくても大丈夫」

 どうやら襲われたのではなく、じゃれつかれている様子。舐められ唾液塗れになりながらも、ルインは楽しそうだ。なにか喋っているが、竜語だから俺にはわからない。

「うお!?」

 ひとしきりルインにじゃれついたあと、竜は俺の方に寄ってきた。俺の周りをぐるぐる回ったり、においを嗅いだり。犬っぽい行動だが、俺としては気が気ではない。両手を上げて、悪いやつじゃないよとアピール。

「ユウトに興味津々みたい」

「く、食われたりしないよな……」

「俺の友達で食べ物じゃないって言っといたから大丈夫」

 そりゃあよかった。

 しかし意外と小さいな。前肢の先から頭のてっぺんまでで俺の肩くらい、ルインの身長とほぼ同じ。所作からして、まだ子どものようだ。

 けれど、だだっ広いドームの中を見渡しても、他に竜はいない。ただ寝床にしているだろう草の山と、可食部ではない骨が積み重なりがあるだけだ。

「母さんは今出かけてるって」

「んじゃ、こいつは?」

 俺たちの会話を理解していないのか、竜はくりくりとした大きな目をぱちくり瞬く。改めて見ると可愛いな。

「俺の弟だよ。名前はフィノト」

「竜語っぽくない名前だな」

「俺が小さいときにつけたからね」

 語感でつけたせいで、母さんは呼びづらそうにしてた、と照れ笑いをするルイン。フィノトはこてんと首を傾げている。人の言葉はわからないようだ。

「母さんはもうすぐ帰ってくるはず――」

 言い終わる前に、空を裂く羽ばたきの音が聞こえてきた。入り口から中へ、風が舞い込む。

 ズン、と重々しい音が地面を伝って響く。それはだんだんとこっちに近づいてきて。

「あ、帰ってきたみたい」

 平然と言えるルインの肝っ玉が羨ましい。

 この音はきっと足音なのだろう。重量感のあるこの音から推測するに、今俺の隣であくびをするフィノトとは比べ物にならないくらいデカイのでは。

 ぬっと入り口の影から姿を現したのは、推測通り、デカイ竜。フィノトが成長すればこうなるだろうか。にしても5倍はあるぞ、これ。

 白銀の鱗が日の光を受けてきらきら輝く様は、いっそ神々しい。口元を汚す赤い液体と、咥えている牛っぽい物さえなければ、見惚れていただろう。

 そんな、惚れ惚れするほど美しい竜が、ルインの姿を認めると、牛っぽい物を脇に置いて、ルインの顔を舐めた。ルインはくすぐったそうにそれを受け入れ、ぎゅっと竜の顔に抱きつく。

 久々に再開した親子の歓待シーンを見ているようで、居た堪れない。竜と人間でもそんな情に浸ることもあるのか。

 フィノトはそんな家族など気にも留めず、竜が持ってきた牛にがっついている。おいおい、まさか空腹だったのか。さっきのは俺が旨そうかどうか調べてたのか?

 ふと、竜の金の瞳が俺を捉えた。低く唸った竜に、ルインが竜語で返す。会話はわからない。だからどう転んでいるのかわからず怖い。

 二、三言葉を交わし、竜が牛をフィノトから回収、骨の山の脇へ放り投げる。しょんぼりと尻尾を地面につけたフィノトを咥え、ドームの奥へ。俺には目もくれず、フィノトを牛のそばに下ろし、草の山に鎮座した。

「ユウト、こっち」

 ルインに腕を引かれて竜の真ん前へ出される。そのままルインは食事を再開したフィノトの隣へとはけてしまった。俺は一人で竜と対峙する。

「ど、どうも、はじめまして……」

 怖々会釈するが竜は微動だにしない。というかこっちの言葉は通じてるのか疑問だ。

 緊迫した空気。心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。金の瞳と見つめあって数分、動いたのは竜の方だった。

 ズン、と一歩寄ってくる。俺のはるか頭上にある竜の顔が近づいてきた。温い吐息に髪がなびく。口が、がぱっと開いて。俺は硬直して動けない。喉の奥に、炎が見えた。

 ――あ、俺死んだわ。

 思ったのも束の間、べろりと濡れた巨大な何かに拭われる感覚。舌で舐められたのだと気付いたときには、地面に尻がついていた。

 竜はすでに元の位置に戻っていて、そんな俺の有様を鼻で笑う。

「よかったねユウト、認めてもらえたよ」

 ルインも微苦笑を浮かべていて、俺が今どれだけ情けない姿をしているのか自覚させてくる。だが考えてみて欲しい。ドラゴンの口内見たら、誰だってビビるだろ!

《こんな腰抜けに任せて、ヒトは大丈夫なのか?》

「うるせえ、ビビリで悪かったな」

 反射的に答えて、気づく。今の誰の声だ?

《ほう、口だけは達者だ》

 頭の中心に直接響く、女の低く落ち着いた声。この場に女は居ない。いや、ルインの母は該当するが。

 驚いて竜を凝視すれば、細まった目がこっちを見返していた。

「え、しゃべ……ッ!?」

「念話だね。ヒトの言葉の発音は難しいから」

 だったら最初から念話を使っておけば、というか人の言葉理解してたのか、ならルインが竜語を覚える必要性は、今俺すごく無礼だったような! 頭の中をいろんなことがぐるぐると駆け巡る中、食い殺されるんじゃあ、という考えが一番存在感を出していた。

 ちらりと竜の顔色を窺う。ダメだ、わかりゃしねえ。ついでに目が合った。瞬きをひとつしたかと思うと、口を開いて。

 息吹とともに、炎が吐き出される。俺の顔スレスレまで迫るそれを、瞬きもできずに見ていた。顔が熱い、目が乾く。炎が失せ、放心状態で竜を見上げる俺の頭に、竜の笑い声が響く。

「母さん、からかうのもほどほどにしてね」

《つい、な》

 え、今の竜のからかい方なんですか。心臓に悪い。

「や、焼いて食われるかと思った……」

 涙が零れた。違うんだ、泣いているわけじゃない。乾いた目が潤いを取り戻そうという生理的な反応だ、断じて泣いているわけではない。

《喰わぬよ。お前は我が子の客人だ。お前を喰えば、家族(ルイン)が悲しむ》

 なら食われる心配はないと。断言してくれたおかげでホッと胸をなでおろした。いつまでもビクビクしているのはゴメンだ。

 ようやく立ち上がり、手と尻の土埃を払い落とす。改めて相対すると、威圧感のある巨躯とは裏腹に、瞳には郷愁の念が見て取れた。親戚の叔母が久し振りに会ったときのような、懐かしむ目。

《お前は、先代とは似ても似つかん色をしているな。願わくば、踊り死ぬことのないよう……》

「え?」

《いや、年寄りの戯言だ。聞き流せ》

 不穏な言葉に聞き返せど、竜は頭を振るだけ。気になるが、あまり追求して怒らせたら怖いし。

 牛を食い終わったフィノトは、骨をかじっている。それを見てルインが何か思い出したらしい。フィノトに話しかけ、会話したかと思うと、フィノトが大口を開けた。中を覗き込んだルインは、一本の歯に手を掛ける。ぐらぐらと揺れるそれは乳歯なのだろう。今にも抜け落ちそうだ。ルインがそれを握りしめ――一気に引き抜いた。途端、フィノトの泣き声がこだまする。

「……いきなり何してんだお前」

 いともたやすく行われるえげつない行為に引いてしまったんだが。

「抜けそうな歯をそのままにしておくのもどうかと思って。ほら、もの食べてるときに、一緒に飲み込んじゃったら大変でしょ? それにサイが欲しがってたって言ってたし」

 そういえばイルがそんなことを言っていたような。だからってあれは痛いだろう。大粒の涙を流しながら母親に擦り寄るフィノトに同情を禁じ得ない。

「兄ちゃんなんだから弟に優しくしてやれよ。……弟って大変なんだぞ」

 姉の所業を思い出して思わず遠い目になる。真夏日にアイス買いに行かされたり、真冬日に肉まん買いに行かされたり、妄想のネタにされたり、意にそぐわないと殴られたり……エトセトラ。俺は小間使いじゃないっての。

「ユウトにも兄弟が居るの?」

「ああ、姉が一人」

「お姉さん、かあ」

 ルインの顔に影が落ちる。急な変化にどうしたのかと問いかけるが、なんでもないと微笑を返された。明らかな拒絶。深く踏み込むべきではないだろう。

 母親に尻尾であやされていたフィノトへ、ルインが駆け寄る。謝るそぶりをしながら頭を撫でた。どうやらそれで仲直りしたらしく。ドーム内を駆け巡って遊び出す。

 あの大きさに追突されても動じないルインの体ってどうなってるんだ。

《……ルインは、随分とヒトに慣れたようだな》

 頭上から声が降ってくる。振り返ると、慈愛に満ちた母の目で竜はルインとフィノトのじゃれあいを見ていた。

「慣れるも何も、あいつは人じゃあ」

《そうだな。ルインを拾ってから11年、リスヴェートと名乗るものが保護してから4年。4年前のルインは、ヒトに怯えていた。話すらままならぬほどに》

 今は大丈夫なようで安心したよ、と話す竜の纏う雰囲気は柔らかい。我が子の成長を喜ぶのは種族など関係ないってか。

「……なあ、疑問に思ってたんだけど。ルインは多分、この森に捨てられてたんだろ? なんで育てようと思ったんだ?」

《ふむ……最初は喰おうとした。だが精霊が育てよと仰った。初めはそれだけだ。ヒトの生態なぞ興味も持ったことがなかったから、中々に難しかったぞ。我らに比べて脆すぎる》

 そりゃあ竜と比べたら脆いに決まっている。人は知恵を付けて道具を使えるから自然界で生き残れたわけで、素体が強いわけじゃない。

 にしてもルイン、エサにならなくてよかったな……。

 そんな風にまったりと過ごして数時間、遊び疲れたのか、フィノトが寝息を立て始めた。日が傾き、西陽に森が染まり始めたので、お暇することになった。

 巣穴から出ようとしたとき、竜に声をかけられる。

《ユウトよ、糸に気をつけよ。イドは毒蜘蛛も同然だ。巣を張り巡らし、掛かったものを捕らえ、毒で侵し、最後に喰らう。糸に留意せよ》

 糸? イドそのものではなく、糸を注意しろとはどういうことだ?

 ふと頭に思い浮かんだ、グランの姿。あいつは確か操糸属性で、糸を繰る魔法使いだったような。

 いや、待てよ。イドは魔王が流行らせたんだろ、だったら人であるグランは関係ない。

 そもそも、『毒蜘蛛も同然だ』と言っていたのだから、比喩的表現として取った方が無難だろう。

 どう解釈すべきか迷うが、一応頷いておく。

《お前たちの行く(みち)に、覇の精霊の加護があらんことを》

 竜の祈りは、ほかのどんな声よりも深く心に染み入った。

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