第六話 黒猫
春、生み捨てられた子猫たちが増える季節。
その子猫たちは駅の線路沿いの木の植え込みに住み着いていた。
茶色のトラ縞と真っ黒な子猫。
二匹はとても仲良しで、じゃれあう仕草は愛らしく、ノラ猫ではあったが、駅を通る人たちがえさをやったりなでたり、結構かわいがられていた。
ほっこりとした小さな丘のようになった草の上で、小さな黒いかたまりみたく寝そべっている後ろ姿は、思わず見入ってしまうくらいかわいかった。
こんな春の日が永遠に続けばいいのに、と思った。
秋になって、二匹はずいぶん大きくなった。
好奇心旺盛で、徐々に行動範囲が広まっている。
ここは駅前で、車の交通量が多い。
おまけに線路の側だから、電車にも注意しなくてはならない。
たぶん、そんな子猫たちをはらはらして大勢の人が見守っていたろう。
だがとうとう悲劇は起きた。
線路の前で、黒い猫のほうが車に轢かれて死んでいた。
正視できなかったが、腹を轢かれていたと思う。
見開かれた目、口。
道路に飛び散った真っ赤な血と、黒い黒い塊。
後に残った茶トラの猫は、オスだったが、とても細いかわいい声で「みゃー」と鳴く子で、黒い子よりも人になついていた。
それだけさみしがりだったに違いない。
黒い子がいなくなって、とてもさみしそうだった。
最初のうちは、なんとなく探しているようにも見えた。
だがその子は永久に独りぼっちになってしまった。
それは冬のある夜だった。
いつものように駅を出て、ふと、いつもその猫のいる木のあたりを見た。
すると、茶トラの子の傍に黒猫がいるではないか。
ぼさぼさで、目だけが鋭く光っている。
私は何度も見直した。
まさか、あの子じゃあるまい、きっと他の黒猫…。
だが、その黒猫の恐ろしげな様子は、死んだ子が蘇ったのでは?と思わせるほど異様だった。
それは、横に静かに丸まっている茶トラの猫とは明らかに違っていた。
冬の強い風が吹いて、黒猫の毛をますます逆立てる。
猫は「しゃーっ」と尖った牙を見せた。
それでも私はうれしかった。
茶トラの猫は、今だけは独りぼっちじゃない。
たとえ黒猫の幽霊でもうれしいに違いない。
「よかったね。」
私は小声で言って通り過ぎた。
それから次の春までは、茶トラの猫は独りだった。
それ以降、一度も付近で黒猫を見たことはない。
だがその茶トラの猫も死んでしまった。
電車に轢かれてバラバラになった。
私が通りかかったのはもう夜中だったので、それが茶トラの猫であると断言はできないが、私の目に映ったのは肉球をこちらに見せた猫の手が一本、線路の上に転がっている様だった。
それ以来、茶トラの猫も見ない。
二匹はまた、寄り添って転がっているだろうか。
あのいつかの春の日のように。