第四話 真夜中の鎖
私は昔、劇団に入っていたことがある。
それまで団体行動が苦手だった私に、仲間の楽しさを教えてくれた。
週一回の活動ぐらいではそんなに仲良くはなれなかったかもしれないが、私たちは週末に泊り込みで寝起きを共にしたせいで、文字通りの「裸の付き合い」ができていたのである。
その合宿所というか、寝泊りをする家を無償で提供してくれた奇特な人がいらっしゃった。
電気・ガス・水道・電話など、公共料金の一切も払ってくれて家賃はタダ。
ただこのサークルのファンだというだけで、本当に奇特なかた。
かなり昔の造りで、時代は明治か大正時代だろうと思われる。が、「当時にしてはハイカラで、なかなかのお金持ちの家」っぽかった。
格子戸があって、池と石灯籠のある庭付きの和風の家だが、玄関を入った右手の部屋は板張りで洋風の窓があり、なんと暖炉まであった。
照明器具は、当然シャンデリアである。
大きな家で、部屋が5つはあったろう。
ただ、その家はかなり怪しかった。
……というのは、この家は信じられないぐらい荒れていて、ちゃんと使える部屋は二階の八畳の和室一室だけだったからだ。
私たちはその部屋で寝泊りしていた。
二階の、階段をはさんで向いの六畳の和室には、おそらくノラ猫が出産したのであろう血のこびりついた布団が何枚も積み重ねてあって夏には大量のノミやダニが発生した。
一階にいたっては、化け物屋敷である。
その玄関横の洋間だけは稽古に使えるには使えたが、年中ほこりとゴキブリの死体が絶えたことはなかった。
奥の和室は電気がなくて昼間でも薄暗い。ただ電話機だけがぽつんと置かれている。
そしてその押入れには、大変気色悪いことに、何か神様を祭っていたようなあとと、ぼさぼさの髪の20センチほどの日本人形が置かれてあった。
さらにさらに、廊下は奥へと続いていて部屋が二つくらいはあるのだろうそこは、無残としかいいようがない。
そこにもかつて猫が死んでいたという布団が重ねられ、泥棒が入ったか乱闘があったか、本棚は倒れ、ふすまは破れ、布団やなにやらがぐちゃぐちゃに散乱した部屋がある。
かろうじて台所と風呂場、洗面所、トイレは使っていたが、今にして思えば、なぜにだれも掃除しようと思わなかったのだろう。
(それほどひどかったのである。そして入るのが恐ろしかったのである。)
そんなわけで、この家ではさまざまな不思議現象が起こった。
格子戸を開ける音がして、誰か来たな、と思っても誰も来てはいなかったり、みんなが夜寝ていると階段を上ってくる足音がしたり、怖いテレビを見ていると部屋中でバシバシ!とラップ音がしたり。
それから、夜中にお風呂に入っていると、しゃららん……と鎖を引きずるような音が聞こえるそうである。
この音に関しては、私は聞いたことがないが、何やら昔、ここの主が一匹の犬を飼っていたそうで犬小屋がちょうどお風呂場の窓の真下にあったそうだ。
一度本当に驚いたのは、来るべき人数がそろって皆二階にいるとき、一階で突如として「だだだだだだだっ!!」という物音と、次に何か重いものを引きずるような「ずずずずずーっ」という音がしたことがあった。
ものすごく大きな音だったので誰か入ってきたのかと、皆慌てて階下へ降りていった。
「誰だ!出て来い!」
みんなしてどなった。
しかし、そこには何の形跡もなかった。
まして、人などどこにもいない。玄関が開いた様子もない。
「猫か?」
しかし猫ならあんなに大きな物音はたてまい。
結局わからなかった。
今考えると、そのときはあまり恐怖心がなかったように思う。
今、こうやって回想しているほうが、何やら背筋がぞぉっとする。