第三話 劇場の怪
だいだい古い劇場というのは、出て当然のように、怖い話の一つや二つはあるものである。
出世できなかった役者の浮かばれない霊だとか、その土地の因縁による自縛霊だとか。
このK市の劇場は、大都市の真ん中にある。そして歴史がある……つまり、古い。
これは、この劇場でお芝居の公演をうつことになった時の話である。
そのホールは、階段から楽屋まで、何となく重い空気を漂わせている。
楽屋は大・中・小と三つあって、大・中の部屋は大丈夫だが、なぜか小部屋がいけない。
小さいせいか、妙な圧迫感がある。
ホールの人によると、そこは「大物部屋」というのだそうで、かの杉村春子氏や栗原小巻氏も使った部屋だそうだ。
もしかしたら、他の役者さんの羨望やねたみがたまりやすい部屋なのかもしれない。
しかし、このホールで一番怖いのは、劇場そのものなのだ。
舞台裏の上手奥には、湿った陰気な空気が立ち込めている。
そこを通り過ぎるだけでも相当に気持ち悪い。
白い着物を着た人が立っていても不思議ではない空間。
しかし、ここで幽霊を見た人がいるわけではない。
団員の一人は、二階客席にいて、"それ"を見たのだという。
二階の客席には、たしかによどんだ空気が漂っている。気持ちが悪い。
二階には、客席をはさんで、調光室とミキサー室がそれぞれ独立して上手と下手にあり、ミキサー室側で作業をしていた彼女が、その調光室側の客席にふと目をやった、その時……
がしゃっ……。がしゃっ……。
真っ黒な鎧を身に着けた武者がこちらへ歩いてきた。
がしゃっ……。がしゃっ……。
武者は、カーブになった客席の通路を歩いてくる。
がしゃっ……。がしゃっ……。
彼女は声が出せなかったという。
実はこの土地では昔、ある有名な合戦が行われている。
この武者はそのとき無念の死を遂げたのであろう。
この悲惨な合戦で散った多くの魂が、おそらくこの劇場全体を包んでいるのである。
合掌。