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「わかりません」と正直に答える。
「悪口を言われたら、相手が認知症の方であっても、ボクは傷つくと思います。でも、ボクには彼らの気持ちも理解できます。認知症とは、忘れていることあるいは知っていることを認知できなくなる病気です。例えば、自分が財布を仕舞ったという出来事を忘れてしまい、誰かに盗まれたと思い込む。家族の顔を見ても、親しみの情動が沸き起こらない。だから、たとえ相手が長年愛し合ったパートナーであったとしても、偽物のように思えてしまう。何より、自分自身が病魔に侵されている事実を認知できない。それは本人にとっても、家族にとっても非常に辛いことでしょう。
ですから、ボクにできることがあるとすれば、お年寄りの方、ご家族の方、そして介護スタッフの立場にそれぞれ立って、共感することではないかと思うのです。人間、誰だって認知の歪みに縛られて生きています。ボク自身、ある種の強迫症のような苦しみを背負いながら就職活動を続けてきました。だからこそ、様々な人と出会い、共感し、人生を歩んでいきたいのです」
少しの間を置いて、円間がゆっくりと頷いた。
「そうですね。立派な回答だと思いますよ。老人ホームで働くのであれば、あなたは人の死に立ち会う覚悟もしなければいけません。人の死について、あなたはどう思いますか」
死――、死とは何か。
一年間、就職活動をする傍らで自分がずっと考えてきたことだった。
自分が死を決断したあの日、マイに出会っていなければ、ボクの答えは変わらなかったかもしれない。
「難しい、ご質問ですね……。就職活動に行き詰った頃、ボクは常日頃から死にたいと考えておりました。百通目の不採用通知が届いた日、ボクは自殺しようと川に身を投げました。でも死に切れなかった。
ですがおかげで、マイという女の子に出会うことができたのです。
マイは白いレインコートと、鯛焼きが大好きな女の子でした。彼女とはよく他愛ないおしゃべりをしました。ボクをハローワークに誘ってくれたのもマイでした。マイの幸せそうな笑顔を見るたびに、嗚呼生きていて良かったなと思うのです。だから、入所されている方とボクとの出会いが最高の思い出となるように、頑張ろうと思います」
「はい、そのとおりですね、…………」
円間は答えてから、しばらく口を開かなかった。
何かを真剣に考えているような、そんな面持ちだった。
不安と胸騒ぎを感じ、ボクは硬直したまま返事を待つ。
「では、これが最後の質問ですが……、もし仮に、今この瞬間に、あなたが不慮の事故で亡くなってしまったとして、未練はありますか」
「未練、ですか。そういえばマイにも同じことを聞かれました。今ここで、自分が死んだとすれば、やはり未練として残るのは内定が得られなかったことかもしれません。ボクは一年間、ずっと就活生をやってきましたから」
そう言って、微笑んだ。
自分でも驚くほどすっとした気持ちになり、肩から力が抜けた。
こんなに在りのままの自分をぶつけられた面接は初めてだった。
「わかりました。お疲れ様です。ではあなたには、内定を差し上げましょう」
円間の言葉にボクは目を真ん丸にして跳びあがる。