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「は、はい! 私にあるのは、情熱と根性とコミュニケーション能力です。在学中は国際ボランティア団体《冷凍イカの瞳》に所属し、経理部部長を務めました。三年生のときにインドへインターンシップで訪問し、貧困層支援のための……」
「ノン! ノン! ノン! はいストップ!!」
円間が大声で遮った。
ボクはきょとんとする。
「嘘は駄目でしょ! 閻魔様に舌を抜かれるわよ」
「ですが、ボクには……本当のボクには、何もないんですよ。仲間もいない、能力もない、他者に誇れることなんて、何も。嘘だって、本当はつきたくない。でも、今まで百社にエントリーをして、履歴書を書いて、面接をして、正直に自己紹介をしてもボクを採用してくれるとこはひとつもなかった。だから、内定を取るためには嘘をつくしかないんですよ」
「それは、違うの。あなたの良い所は、あなた自身の言葉で伝えなければ意味がないの。のっぺらぼうみたいな白々しい自己PRに価値なんてない」
「ボク自身の、言葉……」
「そう、自分自身の言葉で」
円間は繰り返し言った。
こうして自己紹介パートは仕切り直しとなった。
自分自身の言葉、頭のなかで何度か反芻する。
ふいに、マイの姿が脳裏に浮かんだ。
「ボクは、幼い頃からナメクジが好きで、将来の夢は生物学者だったんです。でも、大学受験で失敗してしまい、夢を断念しました。自分の目標からは大きく外れた文系の学部に入りましたが、講義は面白かったので毎回出席しました。サークルやバイトはしていません。大学には講義を受けに行くか、あるいは図書館に引きこもって本を読むために通う、それだけでした。ですが、誰かの書いた話を読み、誰かの体験した話を聞く、これはボクの楽しみでした。思えば在学中、読書と講義がボクの唯一の生きがいでした。介護では、お年寄りの言葉に耳を傾けることが大切ではないかと思うのです。ボクには際立った長所はありません。それでも、人の話を真摯に受け止める、これだけはボクにもできそうなことなのです。どうか御社で、ボクを働かせてください」
これで、いいのか。
間違えていないだろうか。
頭の中に浮かぶレインコートの少女はしかし、嬉しそうにくるくると踊っていた。
「なるほど、よくわかりました。しかし弊社に入所されているお年寄りの方は、皆が穏やかに話せるとは限りませんよ。認知症の方もたくさんおられますし、なかには介護スタッフにひどい言葉を投げかける方もいます。薬を飲ませようとすれば人殺し呼ばわれされ、片付けを手伝おうとすれば泥棒猫めと罵倒される。そういうことも実際にあるのです。あなたはそれでも、彼らの言葉を受け止めることができますか」
円間が低い声で言った。