表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

3


 ***** *****



「ねぇねぇ、ナメくんは、かなえたい夢ってある?」

 ある日、幼女のマイは屋台で買った鯛焼きを頬張りながら、そう聞いた。


 何週間、否、何ヶ月か経った頃、ボクとマイがすっかり仲良しになった頃の話だった。


「うーん、そうだなあ……ボクは生物学者になるのが夢だったんだ。ナメクジの研究をしたいと思っていたんだ。あ、わからないか。生物学者……、うーんと、博士、研究者、わかるかな?」


「うん、わかるよ! ナメくんは、ナメクジがだいすきだもんね」

 マイが優しく微笑んだ。


 そうだ、ボクの将来の夢は生物学者だったんだ。

 文系の大学に入ったものだから、今まですっかり忘れてしまっていた。


 あの頃は、高校に入学した頃の自分は、情熱に溢れた学生だった。

 高校一年生で京都大学理学部の赤本を買って、休み時間になると訳も分からないまま赤本のページをめくった。


 クラスメイトから嘲笑されても、疎外されても、孤立しても、ボクは決して諦めない、

――諦めないものだと思っていた。

 自分を信じられなくなってふさぎ込むようになったのは、高校三年のときだった。



「ナメくんの夢は、かなったの?」


「ううん、駄目だったよ。やっぱりボクは、馬鹿だったからな」


 ほうら、やっぱりあいつは馬鹿だった。

 二十歳の同窓会のとき、名前も忘れた誰かがそう言った。


「あたしがナメくんの夢、かなえてあげよっか」


「えっ」


 鯛焼きを食べ終えたマイは嬉しそうに、その場でくるくると回転した。

 白いレインコートがふわりと宙に舞う。


 その日は晴天だったが、マイはいつもこの衣装なのだ。


「ふふ、あたしがナメくんの未練を断ち切ってあげるっていってんの」


「……!?」


 未練を断ち切るだなんて、そんな難しい言葉をマイはどこで覚えたのだろう。

 彼女はまだ小学一年生で、シュレーディンガー方程式をやっと解けるようになったばかりだというのに!


「だからさ、ナメくんの抱えている一番の未練を教えてよ」

 マイは大人びた口調で、姉が弟を見守るような目で、言った。


 未練、か――。

 ボクの頭にはそのとき、四字の言葉がよぎったのだ。


 《就職活動》


「そうだな、就職活動……だな」


 ボクは就活生だった。

 十四卒無い内定の、就活生だった。


 マイと川原で出会ったあの日、ボクは百通目のお祈りメールを受け取った。


 就職活動を通して、ボクは百回の祈りと拒絶を受けたのだった。


 大学のガイダンスにも出席した。

 自己分析やSPIの対策も行った。

 履歴書を何度も書き直して、腱鞘炎にもなった。

 ボイスレコーダーに向かって、声が枯れるまで自己PRの練習をした。


 何故だ、どうして自分は内定が貰えないんだ。

 サークルに入っていないからか、バイト経験がないからか、偏差値の低い大学の文系学生だからか、友だちがひとりもいないからか。


 何度も自問自答した、地獄のような日々。



「ねぇ、ハローワークにいこうよ」


 マイがふわりと小さな手のひらでボクの手を包んだ。



 ***** *****



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ