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ちなみにボクはおじさんではない。
つい先日、三月十四日に大学を卒業したばかりだった。
「ボクはね、サンタじゃないんだ。ボクは、就活生なんだ。分かるかな、就職活動」
髪からポタポタと泥水を滴らせ、さわやかな笑みを浮かべて言った。
落ちたときにはショックで気がつかなかったが、リクルートスーツに吸着する水分が凍てつくほどに冷えてきて、やがて膝がガクガクと震えだした。
自分の身体が死体のように血の気を失ってゆくのを感じて背筋がぞっとする。
「しゅう、……シュークリーム?」
幼女が唇に人差し指を当てて聞いた。
嗚呼、駄目だ、この子は就職活動を理解していない。
しかし、目の前にいる幼女も、十数年後には間違いなく就活生なのだ。
御社で働かせてください、御社が第一志望です、御社で働きたいんです!
そう叫んで面接官に頭を下げる、未来の幼女の姿が見えた。
「ところで、照る照る坊主ちゃんは、こんな寒い川原で何をしていたのかな」
幼女に優しいお兄さん風の声をかけた。
おじさんというイメージを払拭したいところである。
「ふふふ、あたしが《涙の精霊》だって、よくきづいたわね」
「えっ!?」
「なーんてね。あたし、ここで、ナメクジをさがしてたの」
「な、ナメクジ?」
理解しがたかった。不自然な言動に加えて、ナメクジだなんて。
幼女はどうして、ボクの性的嗜好《ナメクジ大好き》を知っているのだ。
ボクは子どもの頃からナメクジが好きだった。
あのぐにょぐにょとした感触が生命の神秘を感じさせるのだ。
大学を卒業した今でも、夜はナメクジを友にビールを嗜むのが唯一の幸せだった。
幼女の口から発せられたナメクジという単語は、ふわふわのシュークリームのようにボクを愉悦の情に包み込んだ。
「ナーメクジなーめなーめ、ナメクジー。あ、おじさんナメクジみたいだからそれでいっか。ねぇねぇ、おじさんは、これからあたしのペットだからね」
幼女が満面の笑みで言った。
ボクも泥だらけの姿で笑った。
ボクたちは軽く自己紹介を交わした。
幼女の名前は、《涙の精霊》のマイ。
そしてボクの名前は、《十四卒無い内定》のナメ君になった。
もちろん、ナメ君というのは彼女が勝手につけたニックネームであるし、涙の精霊ことマイも実名かどうかは分からなかった。
しかしボクたちは出会った。
本名なんて、どうでもよいことだった。
ナメ君とマイの物語が始まったのだから。
「これからよろしくね、ナメくん」
マイは優しく言うと、ボクに握手を求めた。
彼女の手に触れた瞬間、自分の身体がふわぁと温まるのを感じた。
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