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 空から女の子でも降ってこないかなぁと思って川辺を歩いていたとき、ケータイ電話の着信音「アンパンマン」のメロディが鳴った。リクルートスーツのポケットからケータイを取り出す。


 何のために生まれて何をして生きるのかを考えながら、ボクは二つ折りのボディを開き、液晶ディスプレイを表示する。


 届いたのはEメールだった。

 ボタンを二回かちかちと押して、メールの文面に辿り着く。


 《選考結果のご通知》

 拝啓 時折ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 このたびは弊社求人にご応募いただきましてありがとうございます。

 慎重に選考を重ねました結果、まことに残念ながら今回についてはご期待に添えない結果となりました。

 不本意な結果をお知らせするのは心苦しい限りですが、何卒ご理解の程よろしくお願い申し上げます。

 末筆ではありますが、貴殿のより一層のご活躍をお祈りいたします。 敬具



「う、うわあ!」

 ケータイを手から放り出し、ボクは柵をよじ登り背中から飛び降りた。

 セメントで塗り固められた斜め七十五度くらいの堤防をごろごろと転がり落ちる。

 そして浅い川へとダイブする。


 予定通りなら、ボクは翌朝下流で変死体として発見されるはずだったのだが、不幸なことに堤防は一・五メートルほどの高さしかなく、川底に腰を打ち付けて痛いだけで終わった。


 ドブ色の水面はバッシャーンと間抜けな音を立て、耳と鼻と目を泥水で包み込んだ。

 水をたくさん飲み込んで、死にたいと思いながらもやっとのことで起き上がった。


 よろよろと立ち上がってみると、水深は膝下程の浅い川であった。


「ふっ、ヒロインが落ちてくるはずが、まさかボク自身が落ちることになるとはな……」

 砂利とタニシを口から吐き出し、自虐の快楽に微笑みを湛える。


 そのとき、

「ふ、ふぇぇ……」

 お豆腐のようにふにゃふにゃとしていて純白で可愛らしい声が聞こえた。

 有機洗剤で汚染された川水が入った目を擦って開けると、幼女がいた。


 小学一年生くらいだろうか。

 彼女は白いレインコートを身に纏い、川辺でボクを見上げていた。

 まるで冷ややっこを擬人化したような愛くるしさを振りまく幼女であった。

 あるいは水滴で濡れた真っ白な雨合羽を体に包んだ彼女は、照る照る坊主を想起させた。


「おじさんは、サンタクロース? あわてんぼうさん?」

 幼女が拙い口調で聞いた。


 恐らく、頭上から降ってきて川に落ちたボクのことを《あわてんぼうのサンタクロース》とでも思っているのだろう。残念ながら今は三月で、クリスマスはとっくに過ぎてしまった、あるいはまだまだ来ない。


 きっとこの子は時間という概念をまだ正確に理解していないに違いない。

 それでクリスマスをいつでも心待ちにしているのだ。


 微笑ましい話だが、小学校で相対性理論も教えないのはどうかしているとも思った。



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