vi.
扉から出てきた男の人が、カウンターの下からエプロンをとり出して着け始めた。
あれ、と私は彼をじっと見る。
一瞬、また別の店員が現れたのかと思ったけど──あの人だ。
無精ひげを綺麗に剃り、服も着替えている。七分袖のプリントТシャツにジーンズ、首にはストールを巻いていて、さりげないけどお洒落な雰囲気だった。
そうして見ると、さっきの印象よりずっと若い。私たちよりは多少年上だろうが、『おじさん』ではなく『お兄さん』という方が相応しい。こちらに向けられた横顔には疲れたような影はもう窺えず、やけに爽やかな感じだ。菜摘たちが騒ぐのも頷ける気がした。
「あの、私たち、占いしてほしいんです」
菜摘がついと前に進み出ていった。
私たち。嫌な予感がした。
店員の彼が菜摘を見る。
「どうぞ、どうぞ」と店長がいった。
「じゃあ、こちらへ」
店員の彼はレジカウンターの脇を示した。一角がパーティションで仕切られている。そこが占いスペースらしかった。
「あたしが一番ね」
菜摘が、私と咲帆を順に見た。
「次はどっちか決めといて」
やっぱり。
菜摘は、にこにこしながら仕切りの陰に消える。私はうんざりした。
「私はいいよ」
咲帆にいった。
「別に占いたいことないし」
知りたいことはある。山ほどある。だけどたぶん、占いで答えは見つからない。
「じゃ、あたしがしてもらってる間に考えなよ。里央は三番目ね」
いや、占いたいことはない、っていったんだけど。聞こえませんでしたか?
私はまたため息をつく。
めんどくさいなあ。だいたい、なんだって占いなんかしてるんだろう、とあの店員の彼が恨めしくなる。もちろん、八つ当たりなのはわかっていた。
菜摘は思ったより早く占いスペースから出てきた。もっと時間をかけてやるものかと思っていたけど、案外スピーディだ。いったいどんな占いをするんだろう。
彼女はなにかよいことをいわれたようで、先ほど以上ににこにこしていた。
続いて仕切りの陰に消えた咲帆もじきに出てきた。こちらはしょんぼりした顔だった。
おや、と思う。どうやら、よいことばかりいって喜ばせるというわけでもないらしい。女子高生相手に、なかなかシビアだ。
「大丈夫?」
菜摘が咲帆の表情を窺っていう。
咲帆は首を振ったけど、
「でも、あの人のいうとおりだと思う」
小さい声でいって、
「うん、あたし頑張る」
と一人で頷いた。
「そうだよ頑張りな、よくわからないけど」と菜摘は応じた。
じゃあそろそろ帰りましょうか、と私は心の中で提言してみる。
もう充分堪能したよね?
残念ながら、彼女たちには通じない。二人はそろって私を見た。
「里央の番だよ」
「私はいいって──」
「だーめ」
「そうそう、皆でしてもらうの」
なんで皆で、なの。
女の子たちのこういうところが、私は本当に苦手だ。それでも彼女たちには逆らえない。背中を押されて占いスペースに入れられた。
中にいた店員の彼は、困惑した様子だった。今の騒ぎを聞いたからだろう。
「あの、強制じゃないからね」
彼はいった。
「嫌なら、無理にしなくても」
「いいんです、別に」
私は憮然として答えた。
彼は更に困る。
当たり前だろう。占いは占われる人の主体性が必要なものだもの。投げやりな態度で応じられるなんて、占い師からしたら迷惑以外のなにものでもない。どう考えても、とんでもないお客だ。
その上、私ときたら、さっきのお礼もいっていなかった。礼儀知らずもいいところだ。
私は彼を見上げた。
「あの」
せめてお礼くらいはいわなくては。
「さっきは、ありがとうございました」
「ああ、うん」
彼はまた、なにか問いたげな顔になる。切れ長の目に今は穏やかな光を漂わせ、私を見ていた。
「とりあえず、座る?」
目の前の椅子を示す。
私は肩を落として、そこへ掛けた。