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その後私は、『オリエンタル』で店番をしている。
バイト、ではなく店番。なにしろ、ほぼ無料奉仕なので。
店長は気にするなといったけど、私(と姉)のせいで、店長は怪我するし(五針も縫ったのだ。本当にすみません、店長)、店は壊れるし(怪我の翌日から店を直そうとする店長を心配したお兄さんと友達の大工なる人が来てくれて、店は三日後には再開できる状態になった。店の惨状を見た大工さんは、強盗にでも遭いましたか、と恐れをなしていた)。
おまけに店の綺麗なガラス小物なんかも結構壊れてしまって(品物が少なくなってしまったので、店長は結城店長に電話して、適当ないいわけをしながら仕入れができないかと相談していた。相手はなにを勘違いしたのか、保険に入ってるんだから大丈夫だ、とかいっていたらしいけど、いったい魔物相手におりる保険なんてあるものだろうか)、まったく大損害だったと思う。
それなのに、じゃあこれで、といえるほど図々しくはなれない。
だいたい『オリエンタル』は、もともと人手不足だったのだ。店長が占いに入ってしまうとレジが空になる。その度に店を閉めていては商売にならないだろう。
それにこの店は家から近いし。家にいてもどうせほとんど一人だし。
と、いうわけで。
「けど、本当にバイト代払えないよ」と店長はいった。
「そんなに儲からないんですか」
「はっきりいうなあ」
店長は笑って、
「まあね、道楽でやってるからさ。もともと商売気がないんだ。お客も少ない」
「きっと店構えのせいですよ」
どう考えても、入りにくいもの。
それを解決するには、あなたが外で呼び込みするしかないです、と思うけど、それはいわない。
「それも仕方ない。もともと店舗用につくったものじゃないから。車庫だった部分を改装したって」
「仕方ないって。それじゃあ、いずれつぶれちゃいます」
「そうか。つぶれて留守番いらなくなって、家を追い出されたら困るな」
「気になるのはそっちですか」
じゃなくって。
「えっと、とにかくお店とか品物とか壊したり、いろいろしてるし。だから、なにか手伝えないかなって。なんていうか、感謝の気持ち、みたいな」
いってて、自分ですごく恥ずかしいんですけど。
店長はだけど、茶化したりせず頷いてくれた。
「そっか。じゃあ、お願いしようかな。儲かった月だけバイト料払うということで」
「はい」
嬉しくなった気持ちを押し隠し、憎まれ口などきいてみる。
「儲かる月があればね」
「こら」
店長が小突くまねをしたので、逃げ出した。
私も本当に素直じゃない。もっと店長みたいに、大らかでいろんなことに心を開ける優しい人になれたらいいのに。
店長の近くにいたら、私ももっと変われるんじゃないかな。
だって、いつの間にか普通の会話もそれなりにできるようになってるし、世界不信も人間不信も薄れてる感じだし。
だからできるなら、もう少しそばにいさせてほしい。そう思ったりしてるんだけど。
これって、甘えなのかな。それとも──。
「どうしたの、ぼーっとして。お客さん来たから、レジお願い」
「あ、はい」
店長はお客を連れて占いスペースに消える。その背中を見送りながら、私は慌ててエプロンをつけた。
このお話は、これで終わりです。おつきあいくださいまして、ありがとうございました。
奏と里央、そして慧。彼らの物語は、まだ続きます。よろしければ、またお読みください。