xvi.
「しかし、いまだにコピーを使ってたのか。あれで結界がもつんだから驚きだ。いくら扱いやすいからって」
車に乗り込んだ後、お兄さんは呆れたような感心したような調子でいった。
「力の弱まり具合が丁度いいんだ。兄さんの霊符をそのままあれだけ使ったら、消耗しておれの方が先に参っちゃうよ。魔物どころじゃない」
「自分で作ったらいいだろう。それが一番使いやすいはずだ」
お兄さんの言葉に店長は、うーん、と困ったような声を出す。
「手順が複雑だからなあ。おれの場合、ちょっとでも間違えたら効かなそうだし。コピーの方が確実な気がする」
「慣れれば大丈夫さ」
「そうかな」
「そうさ」
車が出発する。
私は後ろの座席から、会話する二人を興味深く眺めた。お兄さんと一緒だと、店長はいつもより子供っぽく見える。
「祥子さんのところに行って、また教えてもらえ」
お兄さんがいった。
「おれのはもう自己流になってるから、基本なら彼女に訊く方がいい。この頃おまえが顔を見せないって、寂しがってたしな」
店長は気弱な反論を諦め、うん、と頷いた。
私はさっきの店長の話を思い出す。その祥子さんという人が親戚の祈祷師なのだろう。
祥子さんかあ、と店長がいった。
「そういえば最近行ってないもんな。元気にしてる?」
「あの人は元気だよ。年のせいで最近疲れやすいわ、なんていってるけどな。あれは雑用を頼む口実だ。相変わらずさ」
「そんな年じゃないのに」
店長は笑って、
「行ったら、兄さんの代わりに雑用を頼まれそうだね」
「断ればいいんだ、そんなのは」
店長は苦笑する気配だ。
断れると思いますか、この人に、と私は内心呟いた。確かにお兄さんなら、あっさり断りそうだけど。やっぱりこの二人、性格はかなり違うらしい。
お兄さんが思い出したように、そうだ、といった。
「今度、家に顔出せよ。彼女たち、戻ってきたから」
彼女たち、とは。
「ああ、そうか。へえ」
店長が嬉しげにいって、
「子供が生まれたんだって。それで奥さん、ええと、里帰りか、してたって」
振り返って私に説明した。
お兄さんは妻帯者なのか。落ち着いた感じだものなあ。
「それは、顔を見にいかないと」
「写真、あるぞ」
「写真?」
「里央ちゃん」
お兄さんは前を見たまま私に、
「そこに本があるだろう。中に写真入ってるからとってくれるかな」
隣の座席に厚い本が置いてあった。とり上げて表紙を開くと、一枚の写真が挟まっていた。車内が暗いので、なにが写っているのかよくわからない。腕をのばして店長に渡した。
「明かり点けてくれる」
天井の車内灯のスイッチを入れると、周囲がほんのり明るくなった。