xiv.
「けどまあ確かに、これはなんとかしないとな」
お兄さんは店長を無視して、外れたドアを見下ろした。
入り口の空間に残った蝶番が引きちぎられたように捻れている。こんなに強い力で、と私は今更ながらぞっとした。
「また、ずいぶん派手にやってくれたものだな」
お兄さんが感心したようにいう。自分がとがめられた気がして、私は小さくなった。
「ごめんなさい」
お兄さんは笑う。
「君のせいじゃない。姉さんの声で呼ばれたんだろう。常套手段だ。君の口を塞いで押さえ込むとか、一旦眠らせるとかして、戸口に行かせない方法もあったろうけど、奏には無理だな。強引なこと、できない性質だから」
眠らせるって、いったいどうやって?
私は瞬きをして聞かなかったことにした。
見た目は似ているものの、やはりお兄さんは、店長よりずっとクール且つ合理的な考えの持ち主らしかった。
彼は屈んでドアを持ち上げると、壁に立てかけた。もう一枚もっていたタオルで手を包んで、注意深く残っているガラスの破片を叩いて落とす。壁から霊符のコピー紙を(苦笑して眺めた後で)はがすと、それで空いた空間を塞いだ。
「テープ、くれる」
私はセロテープを切って渡す。
作業を続けながらお兄さんは、そういえばまだ名前聞いてなかったね、といった。
そうだった。
「里央です。斎木里央」
「おれは広沢慧。奏の兄です。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
私は礼儀正しく頭を下げた。
が。
「奏とつきあってる?」
「は?」
いきなりの質問に、不躾な反応を返してしまう。
「いえあの、私」
なぜかしどろもどろになるのは、さっきあんなふうに泣いてしまったことを思い出したからだ。
後ろから店長が口を挟んだ。
「兄さん、失礼だよ。彼女はここのお客さんさ」
失礼って、いったいなにがどう失礼なんでしょうか。
「まだ高校生なんだ。おれみたいなおじさんとはつきあわないよ」
あ、そういうこと。そういえば、そう思ったこともありましたっけ。
ほんの一瞬じゃない。結構根に持つタイプだったんだ、店長。
「奏でおじさんか。まあ、十代じゃ無理ないな」
お兄さんは微かに笑って、
「何年生」
「一年です」
っていうか、それよりも。
「私、おじさんなんていってないです」
口をとがらせていった。いってないのは事実だ。
「思ってもいませんから。ホントに」
今は、だけど。
「ふーん」
お兄さんは私の言葉を妙なふうに解釈したようで、やけに楽しそうな目で店長と私を見た。
誤解してる、絶対。