viii.
外はすっかり暗くなっていた。
魔物はいつ頃くるのだろう。
店長は今夜、といった。やっぱり真夜中なんだろうか。
時間がありすぎる、と私は思った。こうして、怖いものが来るかもしれないのをただ待つというのは、ひどく気の滅入ることだった。待っている間に頭がどうにかしてしまいそうだ。
たぶん、そういう不安も魔物には格好の餌に違いない。
考えちゃ駄目だ。大丈夫。
なにが大丈夫かはよくわからないけど、とにかく大丈夫、と私は心の中で繰り返した。
姉のことが頭に浮かんだ。
今頃どうしているだろう。店長のお兄さんから連絡は来たのだろうか。私がこんなに怖い思いをして、姉は満足だろうか。もし私になにかあって私がいなくなったりしたら、姉は満足なんだろうか。
たぶん、そうなのだ。そもそも私がいなければ、姉は魔物を呼ぶ必要だってなかった。思わずため息をついた。
「どうしたの」
店長が訊ねる。
「お姉ちゃん、私のこと、よほど嫌いだったんだなって思って」
「それは違うと思うよ。本当に嫌いだったら心配はしない。連絡してこないだろ」
「でも」
「きっと、羨ましいって思ったんだよ、君のこと」
羨ましい?
姉が、私を?
私は信じられない思いで考えた。
そんな様子を姉から感じたことは一度もない。姉はいつだって母と一緒。私のことを、ちゃらちゃらしてると思って馬鹿にしている感じだった。
男の子たちにつきまとわれてばかりいる、うっとうしい妹。そう思っているんじゃないのか。
頭がよくて、いつも堂々としている姉が、私こそ羨ましかった。自分の意見を抑えて他人に合わせ続ける、という生き方とは無縁に思えたからだ。
「私こそ、お姉ちゃんが羨ましいのに」
うん、と店長は微かな声でいう。
「羨ましいって、自分がもっとこうだったらって思ってるだけだから。相手が憎いわけじゃない」
自分が、もっとこうだったら、か。
確かにそう。
それに姉も、やっぱり母に合わせて生きていた面があったらしいのだ。姉からの電話で、私はそう感じたことを思い出した。
だったら、母は──。
「お母さんは」
私はいう。
「どうして、あんなことばかりいうんだろう。ずっと思ってました。いったい、どうすればこの人満足するのかなって。私、いつもきついことばかりいわれて。どうやってみても、それじゃ駄目、って。あなたはなんにもわかってない、って。それって、しつけなのかもしれないけど」
「うん」
店長はいったきり、黙って続きを待っている。
「どうしたらこの人は喜ぶんだろうって思ったりもしてました。どうやったらこの人に気に入られて、受け入れてもらえるんだろうって。でもたぶん私は嫌われてるから、なにしても駄目かなって、もう半分諦めてるんだけど。お姉ちゃんは、お気に入りなのかと思ってたけど、結局お姉ちゃんにもきついこといってて。それでお姉ちゃん、怒って」
「うん」
「お母さんが、なに考えているのか、私全然わからなくて。これからどうしたらいいんだろうって。お姉ちゃんも同じだったのかな」
私が黙ると、店長は小さな声で、よくわからないけど、と前置きしてから、
「おれは、まあ、親もただの人間にすぎないんだなって思ったりする。親は親なりに、人生に期待や希望を持ってて、子どもにはひどいと感じられることをいったとしても、たぶん本当に悪い気持ちがあるわけじゃないんだ。人って、皆そうなのかもしれない。元々は自分の望みとか希望とか、そういうことのためにいろいろ考えてて。それが、いつの間にか、誰かを傷つけるような気持ちに変わってしまったり。そんなつもりはないのに、結果的に誰かを傷つけてしまったり」
難しいよね、と独りごとみたいに彼はいう。
「うちもさ、家の仕事を長男が継ぐか次男が継ぐかで騒いだことがあって。次男の方が成績優秀だったものだから、父親はそっちにっていい出して、子どもの頃から自分が継ぐって思ってた長男は面白くない。父親にも次男にも、いい感情を持てなくなった。次男は次男で、家の仕事に興味はないし、父親はいうことを聞かない次男に怒るし。家の中がひどいことになってね。なんていうか、いたたまれなかったな」
家族がそんなふうになるなんて、店長にはたぶん普通の人以上につらかったはずだ。




