vi.
店は完全に霊符(コピーだけど)で塞がれた。ここに夜まで立てこもろうというのだ。秋の夕暮れは早い。明かりとりの窓から見える空は、いつの間にかかげり始めていた。
携帯電話が鳴り出して、私はびくっと身体を震わせた。さっきは使えなくて壊れたかと思ったのに。
そういえば朝から非通知の変な電話があったし、姉も電話が通じなかったといってたっけ。
嫌な感じがして、恐る恐る電話を見た。相手の番号はまた非通知。
だけど今度は呼び出し音はいつまでもやまなかった。店長も気にしてこちらを見ている。思い切って電話に出た。
「私」
姉の声だった。私は驚く。
「お姉ちゃん」
やはり『非通知』は姉だったの?
「ごめんね、私──」
姉の声はすぐに途切れた。突然、激しい雑音が入り、携帯電話を耳から離す。
いったいなんだろう。
店長が近くに来た。どうかした、と怪訝そうに目で問う。
「携帯が、急に」
再び電話を耳に当てる。雑音が弱まり、微かに声が聞こえた。私は耳を澄ます。
「お姉ちゃん?」
「おまえなんか」
姉のものとは違う声がいった。
「死ね! おまえなんか死ね!」
「──!」
「どうしたの」
携帯電話を耳に当てたまま身動きできずにいる私に、店長が訊いた。やっとの思いで電話を耳から離して、店長を見上げる。
「電話、死ねって。今、そういわれた」
店長が眉をひそめる。
「姉さんの声だった?」
「違う。違う声だった」
男か女かもよくわからない声。ただ、ものすごく憎悪と悪意に満ちていることだけはわかった。
どうしよう。怖い。
手が震え、携帯を落としそうになった。店長が気づいて、私の手から電話をとる。店長の指が私に触れた。彼は私を安心させるようにふっと笑って、電話の電源を切りレジカウンターに置いた。
「大丈夫だから心配しないで。まあ、しばらく電話は使わない方がいい」
「電話、朝から変だったんです。さっきも来る前に店長さんに電話してみたけど、繋がらなかった」
「きっと姉さんが夢を見た後から、影響が出始めていたんだ」
店長は呟いた後、思い出したように、そうだ、といった。
「前にあげた霊符、今持ってる?」
私は頷いた。急いで家を出たものの携帯電話と財布を入れたミニバッグは持ってきていた。
「お財布の中に」
「よし」
持っていることを確認したいのかと思ったら違った。店長は、その霊符は一旦預からせて、という。私は戸惑った。
「万が一、君が直接襲われた場合、あれで撥ね返しちゃうとまずいんだ。こちらの力で祓ったことになってしまう。そうなると君の姉さんが危険だ」
霊符を怖れて逃げた魔物が姉に向かう、ということ?
それは困る。
私は財布から霊符を出して店長に渡した。店長は頷いて霊符を回収する。
だけど。
「私が直接襲われるって」
それもできれば避けたいのですが。
「もちろん、そんなことはさせないよ。霊符で店を封じれば、君の姿は見えにくくなる。魔物は中に入ってこられないしね。大丈夫。君に接触できなければ、それ以上事態はすすまない。姉さんにも危険は及ばないさ。その状態で、兄さんが来るまで持ちこたえれられるよう努力しよう」
「努力しよう、というのは」
ついつい訊く。
防御の努力はするが結果はわからない、というのは当然のことなのだけど、あんまりはっきりいわれても不安がつのるなあ、と思っていると。
「うん。連中は恐怖とか不安とか、人のネガティヴな気持ちが餌だから。餌があればあるほど強く大きくなると思っていい。逆に餌をやらなければ成長しない。わかる?」
「怖がっちゃ駄目、ってこと?」
「そう」
はい。
でも、それってかなり難しいかも。つまり、努力するのは私、ということだ。