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新月。月のない夜。私は身震いした。
だけど店長は落ち着き払った声で、
「とりあえず霊符で店を塞ごう。これ、そこのコンビニでコピーしてきて。五十枚ね」などという。
「コピーって」
私は唖然とした。
「コピーの霊符で効果あるんですか」
「コピーで丁度いいんだよ。枚数が必要だからね。おれの力じゃ、強い霊符を大量にさばくのは無理なんだ」
店長は微笑んで、
「大丈夫。それなりには効くさ。ほら、お守りやお札だって、たいてい印刷だろ」
それなりって。大丈夫なんだろうか、本当に。
少し不安になったけど、なにがどう来るのか全然わからない身では心配のしてみようもない。とにかくいわれたとおり、向かいのコンビニに行って霊符を(なんとなく恥ずかしいので、隠しながら)コピーした。
店に戻ると、店長は携帯電話で通話を終えたところだった。
「兄さんが、君の姉さんと話したいって。連絡させてもらっても構わないか、聞いてみてくれる」
どうやら、霊符のお兄さんに協力を仰ぐらしかった。私は姉に電話する。姉は戸惑ったが了解した。姉の番号を伝えると、店長は折り返しお兄さんに電話をかけた。
お兄さんは姉と話してどうするつもりなのだろう。考えてもみてもやっぱりわからない。任せるよりほかに仕様がなかった。
「コピー、できましたけど」
「よし。じゃ、これで店中に貼ろう」
店長はセロテープを差し出す。
コピーにセロテープとは。どうにも深刻みに欠けている気がする。やっぱり効かないんじゃないか、と本気で不安になってきた。
どんなものがくるのかは知らないけれど、どんなものでも絶対効かなそうだ。なにか、もっとこう、本格的な方法というのはないのだろうか。
もっとも、なにが本格的でなにが本格的じゃないのかは、私にはさっぱりだ。おかしなものから超自然的な力で身を守る、というと、乏しい知識の中でかろうじて浮かび上がってくるのは、子供の頃に見た怪談の絵本くらいだ。
あれはなんだったっけ。魔のものに連れ去られそうになる青年を、和尚さんが守ろうとする話だ。確か、身体中に呪文かなにかを描いていた。いかにも本格的な感じだった。とても怖かった。
とはいえ、どんなに効くとしても、『身体中に呪文』は承服しかねる。
しかもあれって、そういえば、ちょっと失敗していたような。
それでは駄目だ。やっぱりコピーとセロテープに頼るしかないらしい。私はため息をこらえた。
そんな心配をよそに、店長は普段とちっとも変わらない。
「急いで」
と特に急がせる感じでもなくいって、
「特にドアと窓は、四方を塞いでね。あと壁に均等に。おれは天井をやるから」
えい、もう仕方がない。私は黙って従った。