iii.
授業が終わり、私は浮かれ気分の咲帆と菜摘と一緒に学校を出た。
気持ちは沈んだままで寄り道なんてしたくもなかったけれど、家に帰りたいわけでもない。他にいくところもないので、約束どおり二人とともに『オリエンタル』なる店に向う。
九月も終わりというのに、外はひどく暑かった。朝の清々しさはどこへ行ったのか。私はいっそう暗い気持ちになった。
「なんかね、占いもしてくれるの」
菜摘がいう。
「タロット占い」
「へえ、すごい。占ってほしい!」
二人は暑さなどお構いなしで、はしゃいでいる。
占いかあ、と私は思った。
彼女たちはなにを占ってもらいたいんだろう。どんなことを知りたいんだろう。どんなことだとしても、それはたぶん私が知りたいこととは違うんだろうな。
だけど私も、自分がなにを知りたいのか、本当はよくわからなかった。
「あ、あそこ」
菜摘が立ち止まり、コンビニの向かいにある小さな店を指さした。
ここか。
私の家から徒歩十分くらいのところだ。いつからあったんだろう。全然気づかなかった。
くすんだ白い壁にこげ茶色の扉。扉の横の壁に青と緑の中間の色で『雑貨 Oriental』と描いてある。ディスプレイもなく、ずいぶん素っ気ない外観だ。雑貨屋ならもっとかわいくてもよさそうなものだけど。
これではドアを開けるには多少勇気が必要な気がする。菜摘もよくこんなところに入ったものだ。そのかっこいい店員とやらが呼び込みでもしていたのだろうか。
残念ながら、今は店の前にそんな人はいなかった。ドアにかかった『Open』のプレートだけが、ひっそりと来訪者を待っている。
菜摘が扉を引いた。友人二人は軽い足どりで中へと入っていく。
そのとき、また視線を感じた。今朝よりずっと強く。気のせいなんかじゃない。はっきりと思った。
私は振り返る。
コンビニの脇に細い小路があった。その入り口の端に立つ電柱の陰に人が立っていた。男だ。背が低く痩せている。若いのか年をとっているのかよくわからない感じで、なにか不気味だ。
じっとこちらを見ている。あれに違いない。私は確信する。
目が合った気がした。私が見ていると気づいたらしい。突然、男の姿はかき消えた。
電柱にでも身を隠したのだろうか。もちろん行って確かめる勇気などない。
背筋が寒くなった。怖かった。足の力が抜けそうになり、ふらついた。
不意に後ろで人の気配がした。肩をつかまれ、身を強張らせる。私を見ていたあの男に捉えられように思えたからだ。
振りほどこうとしたけれど、よろめいて相手に寄りかかる形になった。倒れそうなところを支えられたんだ、と気づく。慌てて体勢を立直し、恐る恐る後ろの人影を振り仰いだ。
背の高い男の人だった。
まばらな無精ひげに、どことなくやつれた顔。こんな暑い日なのに、ウインドブレーカーのようなものを襟元までファスナーを上げて着込んでいるのが妙な感じだ。切れ長の目に険しい色を浮かべて小路の方を見ていた。
私もできればもう見たくなかったけど、再び小路に目をやる。
あの不気味な男の姿はない。だけど、ほっとはできなかった。むしろ不安が高まった。
気のせいじゃなかった。本当に見られていたのだ。初めて視線を感じたのは、いつからだったろう。また悪夢を思い出す。
「あの」
上から声がして、我に返った。
そういえばこのおじさんも、いつまで人に触ってるんだ。
相手はそれを察したかのように慌てて手を引いた。微かに血のにおいがした気がして、私は慄いた。
なにか声が聞こえた。大丈夫? とかなんとかいったみたいだった。だけど私は答えずに、相手を突き飛ばすほどの勢いで身を翻して店に逃げ込んだ。