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異界の住人たち  作者: misato
Ⅲ.月~迷える少女たち
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iv.

 息を切らして店にたどり着いた。

 いつもの『Open』のプレートを見たら、慌てふためいている自分が恥ずかしくなる。息を整えてからドアを引いた。

「いらっしゃいませ」

 ドアを開けると店長の声。私を認めると、やあ、と親しげな口調になった。

 店にお客はいなかった。いつものことだけど、こんなに暇でいいのかな。だけど、こういうときはありがたい。

 店長は、レジのところに座って優雅に読書をしていた。手に持っているのは、なにやら難しそうな厚い本だ。大学の勉強用か、魔物退治の本(そんなものがあるかどうか知らないけど)か。それはまあ、どっちでもいい。

 近づいていくと、店長は私の表情に気づいたらしい。なにかあった、と穏やかな声で訊ねた。

 私は事情を話した。

 話しながら情けなくなってしまった。どうして、こんなことばっかり起こるんだろう。私はよほど運が悪いとみえる。

 君のまわりでは変なことが起きすぎだよ、日頃の行いがよくないんじゃないか。

 私が店長の立場だったら、わざとらしくため息のひとつもついて、そういってやるところだ。

 だけど店長は、うんざりした顔など決して見せず、突然のことに動じるふうもなく、私の話を聞いていた。了解したように一人で頷き、喚起魔術か、と呟いた。

「なにを見たのかなあ。しかしすごいね、ネットでそんなののやり方までわかるなんて」

 感心した様子でいう。

「そのサイトは、もう見つからなかったっていってました」

 感心している場合ですか、と思いながら私はいった。

「道具も捨てちゃったって」

「うんまあ、元がわからなくても大丈夫。だいたい基本は一緒だから」

「基本って」

「魔術を使った魔物の呼び出しは、一種の契約なんだ。魔物は術に縛られて、命令を実行し終えるまで元の世界に帰れない。そして術者も、魔物を縛っていることから逃れられない。最後までね」

「どういうことですか」

「たとえば誰かを襲うよう命令された場合、術から解放されるために、魔物は命令どおりその人を襲おうとする。だけど、もしも襲われた相手が、反撃して魔物を祓ったとしたら──」

「どうなるんですか」

 店長がいいにくそうに口をつぐんだので、私は先を促した。

 うん、と店長はいう。

「魔物は術者の元に返る。そして、術者を襲って契約を終わらせようとする」

 術者を襲う? そんな。

「無茶苦茶です。雇った相手を襲うなんて。契約破棄じゃないですか」

「雇うといっても、魔物が納得して雇われるのではないからね」

 店長は私の言葉に少し笑った後、真顔になって、

「そういうものなんだよ。魔物と関わるんだ。命がけさ。それを知らないでやったら、大変なことになる」

 そう。実際、そうなっているわけだ。

 つまりは、私か姉か。どちらかを襲わない限り、魔物は諦めない。そういうことなのだろう。

 そんな律儀になることないのに、と私は悲しくなった。

 呼び出した本人が、忘れてたといってるくらいだもの。魔物も契約なんか忘れて、どこかへ消えてくれればいいのに。

 命がけだなんて、姉はそんなこと思ってもみなかったに違いない。

「どうするかな」

 店長は腕組みをして、天井を見上げた。

「ただ追い払うだけなら、おれでもなんとかなるけど、それはできないしなあ。といってもちろん、こっちがやられるわけにもいかないし」

「どうすればいいんでしょうか」

「うん、まあ、おれより力のある人間に頼るしかないな」

「力のある人?」

「そう」

 彼は頷いて、

「とにかく、こっちはこっちで準備しよう」

「準備って」

「この手の魔術は、月の満ち欠けに左右されることが多いんだよ」

 店長は壁のカレンダーに目をやる。

「今日は新月。来るなら今夜だ」

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