xiii.
「以前の職場で同僚だったらしい」
店長は思い出すように上方に視線を泳がせた。あの男に触ったときにわかったのだろうか。
「じゃあ、あの人も先生なんですか」
「そう。だからあんなところまで侵入できたんだ。学校の中って、だいたいどこも似た感じだろ」
そうか。やっぱり、青山先生が普段よく準備室にいることを知っていて、やってきたのだ。かつての同僚であれば不思議はない。
先生、本当に危なかったんだ。他人事ながら、私はほっとした。
「先生、今日いなくてホントによかったですね」
結局先生は、あの騒ぎも魔物のことも知らず、怖ろしい思いもほとんどしないままだったわけだ。本当にラッキー。
先生がどんな思いを抱えて占いをしたのかは知らないけど、この調子ならきっと悩みだって解決するに違いない、と私は一人で納得した。
「まあね。でもおかげで、君はまた大変な目にあった」
確かに。
「まさか、お米で撃退できるとは思いませんでした」
赤く染まったお米を思い出していった。腕に鳥肌が立つ。
「米は魔よけになるんだよ。知らなかった? 大昔からある古典的な方法さ。『今昔物語』とか『源氏物語』にだってある。古文で習わなかったかな」
「習ってないと思います」
たぶん授業的古文では、あまり重要視されていない部分だろう。
「なんにしても、君も無事でよかったよ」
店長は独りごとのようにいった。
あ、私また、この人に助けてもらったんだ。そして、またお礼をいっていない。
思い出して動揺した。慌てていう。
「あの、そういえば、ありがとうございました。また助けてもらって──」
「それは気にしなくていいんだよ」
店長は優しく笑った。
迷惑かけたのに、そんな笑顔を向けられると戸惑う。
だけど私は、それであの人はいったいどうなったんですか、とそ知らぬ顔で訊ねた。
「うん、兄さんに後処理を頼んだ」
「後処理?」
「あのままにはしておけないからね。魔物を追い出さないと。でも人に入り込んだ魔物を追い出すなんて高度な技は、おれには使えないから」
「それで」
「ちゃんと追い出せたよ。魔物に入り込まれてからのことは覚えてなかった。おれたちを見て、ぽかんとしてたな。魔物がいなくなれば、本来のその人自身に戻る。元々は大人しい人だったらしいから、もう無茶はしないだろう」
店長は肩を竦めた。
「だけど彼、すごく消耗して弱っててさ。兄さんが気にして様子を見てたら、やっぱり倒れた。救急車呼んだりして、ちょっとした騒ぎだったよ」
救急車まで呼んであげたのか。
そのお兄さんなる人も、やっぱり相当のお人よし──まあでも、目の前で人が倒れたりすれば、普通でも救急車は呼ぶか。