ix.
「誰だ!」
男が叫んだ。こちらを窺う気配がした。
「出て来い!」
私は目を開いた。
偉そうになに、と思った。侵入者はそっちじゃないの。
怖がるのを通り越して、怒り出しそうになっていた。わが身の不運にうんざりしたというのもある。ここでこのまま隠れていても駄目だ。私はお米を一掴み握って立ち上がった。
男はこちらを見ていた。いきなり私の姿が現れたので面食らったようだった。
「誰だ、おまえ」
いいながら間を詰めてくる。苛立っているのがわかった。
私は恐れ慄いた。怒るなんて、やっぱり無理な話だった。面と向かうと信じがたいほど怖かった。身体が固まって動かなくなる。男がこれ以上近づいてきたらどうなるのかと思って、再び身体が震え出した。
が、男はなぜか急に立ちどまった。忌々しげに私を睨みながら、近づきたいのに近づけないという様子だ。目を見開いて私を見ている。
正確には、私の、制服?
男の視線を辿って、ちらっと下を見た。
なんだろう、と驚く。ポケットの辺りが白く光っていた。
これって、もしかして霊符?
まさか、と思いつつ──そうだ、逃げる隙をくれる、って店長がいってたじゃないか。
再び身体が動くようになった。私は腕を振り上げて、思い切り米を投げつけた。
男は短い悲鳴をあげた。恐怖に駆られた声だった。顔を背け、腕で身を庇う。男に当たって落ちた米が赤く染まっているのを見て、私はまた驚いた。
男はそのまま動かない。
動きがとまったら逃げるんだ。店長はそういっていた。
逃げなくちゃ。でも。
腹の立つことに、男は入り口までの最短ルートの間に立ちふさがっていた。仕方なく、遠まわりの別ルートで調理台の脇をすり抜ける。
入り口はすぐそこなのに、果てしなく遠く感じられた。男が動き出したらおしまいだ。霊符とお米の効き目はいつまで続くんだろう?
男がなにか叫び出した。罵声のようだった。
怖ろしくて男の方を見ることができない。入り口の方で音がして、咄嗟にそちらに顔を向けた。引き戸が開き、そこに店長が立っていた。