viii.
残念なことに、男は辛抱強さに欠けているようだった。
しばらくは準備室に大人しく身を潜ませていたが、じきにドアを開き顔を覗かせた。入り口の引き戸を眺めている。それからまた準備室に引っ込んだ。いくらも経たないうちに再び顔を覗かせる。
落ち着かない人だ。元々そういう人間なのか、魔物にとり憑かれてそうなったのか。
たぶん魔物のせいだろう、と私は思った。男の様相が一週間前に見たときよりもずっと荒んだ不気味なものに変わっていたからだ。
それにしても、青山先生は本当にラッキーだ。よりによって、あんなものが学校に侵入してきた日にお休みとは。きっと強運の持ち主に違いない。
それに引き換え、私ときたら。
嘆いている場合ではなかった。私は男の様子を窺った。顔が覗き、すぐに準備室に引っ込んだのを見計らって、調理台の上の米の袋を素早くとった。
クラス全員分には足りないとはいえ重い。危うく床に落としそうになった。袋の中で中身が動く音がやけに大きく聞こえる。なんとか袋を腕の中に抱え、ほっとした。手も身体もびっくりするほど震えていた。
調理台の抽斗をそっと開け、中からはさみをとり出した。もどかしい手つきで袋を切る。
相手が人間なら、米よりはさみのほうが効果的なのではないか、という考えが頭をよぎった。あるいは包丁でもいい。そう、その気になれば、ここには刃物が山ほどしまってあるではないか。
だけど、女子高生に刃物で脅されて逃げ出す成人男性は、あまりいないかもしれない。逆にそれをとり上げられたら事だし、弾みでこちらが人を刺したとかいうことになるのは絶対に嫌だ。やはり無謀な考えだ、と悟った。
口を開けた米の袋をそばに置いた後、床から財布を拾う。霊符をとり出して眺めた。
もしかして、これで魔物から姿が見えなくなるとかないのかな。
非現実的な考えなのは百も承知で思う。だってそもそも、この事態こそ非現実的ではないか。非現実的問題には、それなりの非現実的解決法があってもいいはずだ。
また準備室のドアが開いた。今度、は今までよりも大きく開いた気配だ。
私はぞっとした。待ちくたびれて男が出てくるのではと思ったからだ。
そのまま今日は諦めて出て行ってくれれば、私も強運の持ち主ということになるのだけど、どうもそうはなりそうになかった。
思ったとおり、男は準備室から出てきた。調理室の入り口の前辺りを行ったり来たりし始める。
どうしよう。このまま室内をうろうろし出したら大変だ。
私は霊符を制服のポケットにしまい、調理台の陰で身を小さくする。米の袋と鞄を更に近くに引き寄せようとした。
それが悪かった。袋が倒れてしまったのだ。
私は息をのんだ。ビニール袋が結構大きな音を立てた。米がこぼれる音もした。ちょうど立ち止まっていた男の耳に充分届いただろう。私は思わず目を閉じた。




