vi.
翌日の昼休み、青山先生に頼まれていたとおり職員室に向かった。明日の調理実習の食材をとりに行くためだ。
用があってお休みするから、食材を調理室の冷蔵庫に入れておいてくれないかしら、と先生はいっていた。
こういうときに、なぜかいつも日直に当たってしまう私だ。アンチイベンターだよね、と咲帆たちはいう。なんですかそれは、と思いつつ黙っていた。運が悪い、ということだろう。
咲帆たちは不運な友人を手伝うそぶりを見せてくれたのだけど、私は辞退した。今日は、購買部においしいパン屋のパンが来る日だったからだ。
おいしいものが大好きな二人は、当然のことながら週一回のこのチャンスを逃したくない。品選びは早い者勝ちだ。食材運びなんかしていたら、パンは売切れてしまうだろう。つき合わせるのは気の毒というものだ。
というわけで、おいしいパンは二人に任せ、私は一人職員室を目指した。里央の分も買っとくよ、と咲帆がいってくれたので、終わったら飲み物だけ買うつもりで財布と携帯電話を入れたミニバッグを持っていった。
職員室の青山先生の机に載せられた食材は、すごい山だった。
これを一人で運ぶの? と先生が恨めしくなる。だいたいなんだって、明日の食材を今日届けるのだろう。配達してくれるスーパーが明日休みだとかで仕方ないのだけど、うんざりする。
「台車を使いなさい」
クラス担任が気づいていった。
よかった。調理実習室は建物の端の方にある。職員室からは遠い。こんな荷物を持って何往復もするのは嫌だ。
食材を台車に載せて運んだ。教室がある棟を離れると、辺りは急に静かになった。台車の車輪が回る音だけが廊下に響く。調理実習室に到着し、中に入った。さすがにお腹がすいてきた。さっさと済ませよう、と部屋の奥の巨大冷蔵庫に卵や野菜を手早くしまった。
明日のメニューは、ピラフとカスタードプリンだ。生鮮食品をすべて入れ終わり、お米と砂糖だけが残る。それらを一旦調理台の上に置いたものの、出しっぱなしはよくないか、と思い直した。
そういえば米の袋は、クラス全員分にして小さい。どこかに他にストックがあるんじゃないか。それと一緒にしておこう、と思いついた。
といっても、それはどこにあるのやら。
しゃがみ込んで冷蔵庫の隣の棚から確認しようとしたところで、入り口の戸が開く気配がした。すごく静かにそっと、だった。
なんだろう。その密やかな気配に立ち上がるのをためらい、しゃがみこんだまま調理台の陰から入り口を見た。
これが共学の学校だったら、たとえば人気のないところでこっそり告白とか、あるかもしれない。だけどここは女子高だ。いや、女子高でも告白はある(実際あった)けれども、それにしたって調理実習室を選ぶ人は少ないと思う。たとえば物理室とか、そっちの方がずっと絵になるし、成功率だって高そうだ。
とはいえ、それも個人の自由ではある。二人の共通の趣味が料理だ、とかそういう理由があるのかもしれない。いや、そもそも告白とは限らなかった。いったい誰がなんの用だろう、と入ってきた人物を認めて驚いた。
スーツ姿の男の人だった。見たことがある。教師ではない。あれは、この間の放課後、青山先生のところに来ていたあの人。
私は声をあげそうになって、手で口元を押さえた。
なんで、あの男がここに。
だってあれって、昨日店長がいっていた──やっぱり魔物だ、って。
その男は、様子を窺うように周りを見渡しながら実習室に入ってきた。落ち着きのない動きで、すぐに入り口の脇にある調理準備室の扉に目を向けた。扉のガラス越しに中を確認している。
幸いこちらを見る気配はなかった。私は開きかけていた戸棚の引き戸をそっと閉め、調理台の陰に身を隠した。男は準備室の中に入る。部屋はなにごともなかったかのように静まり返った。
あれは、青山先生に会いにきたのに違いない。今日、休みだと知らないのだ。先生はよく準備室にいるから、そこで待ち伏せていれば二人きりで会えるとでも思ったのだろうか。
怖い。
普通の状況でも校内に侵入した不審者ではないか。
まして魔物となると──。