iv.
「学校まで来てたのか」
店長は表情を曇らせる。
「でもあの人、そんな怖い感じじゃなかったですけど」
魔物といえば皆、私を襲ったあの男のように、不気味でおぞましいものなのかと思ったけど。
先生と話していた男は、どちらかといえば気弱そうな、ごく普通の人に見えた。先生も迷惑そうだったけど怖がっている感じではなかった。あれが魔物なら、その辺りですれ違う人たちの中にもたくさん魔物がいそうだ。
って、そうなると却って怖いか。
「あれは、この間のとはまた違う」
店長の声が私の思考をとめた。
「人間なんだ」
人間? 魔物じゃないの?
魔物にとり憑かれた人間、ということだろうか。
「だから消せない。捕まえないと。先生も危ないかもしれない」
危ないって。あ、でも。
「とりあえず明日は大丈夫だと思います。先生、お休みだから」
「休み?」
「はい。私、明日日直で、明後日の調理実習の準備を頼まれてるんです。明日、用があってお休みするからって。あの男の人、学校へ来たってことは、先生の家を知らないんですよきっと。だから、先生が学校にいなければ襲えない」
「確かに。鋭いね」
鋭いわけではない。これは経験からくる推測。
私を学校付近で待ち伏せする男の子たちは、私の家を知らない。家を知っている人たちは、学校より人目につかない家の付近で待ち受けているものだ。
じゃあ、明日の放課後にでも学校に行ってみるか、と店長は呟いた。
あの男の人を捕まえるつもりなんだろうか。というか、ひとつ疑問。
「もしかしてタロットって、魔物退治のためにしてるんですか」
私のときも、タロットで魔物に狙われているのがわかったといっていた。
退治、という表現がおかしかったのか、店長は少し笑った。
「そういうわけじゃないんだ。占いは占い。魔物が見えたのは、たまたまで、そんなにあることじゃない。魔物を追い払うのはたいてい、目の前にいるのを見つけて、どうにかするって感じだよ」
「そうなんですか」
「君のときも偶然。だって、誰もが占いするとは限らないでしょ。外であれが見えた後、どうやって詳しく聞きだそうって考えてたんだよ。それに、たとえカードからなにか見えても、それはごく僅かな情報なんだ。君のときも、あの後、小路の辺りをうろうろしてさ、魔物の記憶が残ってないか探してた。それで次の日、間にあったわけ」
私は驚いた。そんな労力を払っていたなんて。退治を依頼されたわけでもないのに、なぜ。
「どうして、そこまで。店長さんがそんなことする義務、ないのに」
「見つけちゃったものは、放っておけないだろ。まあ、それもなにかの巡り合わせさ」
店長はこともなげにいう。
私はまじまじと彼を見た。巡り合わせというよりも、それって単に、お人よしということなのでは。しかも、相当の。
「どうかした」
「いえ、なんでもありません」
慌てて視線を逸らした。
今のはいくらなんでも見すぎだった、とまた恥ずかしくなる。
「変なことに協力させちゃったね」
店長は気にした様子もなく、
「疲れたろ。なにか飲む。紅茶とココアとコーヒーと、あとウーロン茶とジャスミンティーがあるけど」
本当の店長はずいぶん入念にお茶類をそろえていたらしい。本当にちょっとしたカフェみたいだ。
感心しながら、ジャスミンティーを注文(違うか)する。店長は私に椅子に座るよう促してから、店の奥に消えた。