ii.
私は慌てて後ろに下がった。
ショートカットで色白の女の人が出てくる。どこかで見たような、と思い驚いた。学校の家庭科担当の教師だった。
向こうも私を認め、私以上に驚いた。あなた、斎木さん、といった。
「青山先生」
先生は気まずそうに目を伏せた。
私はにっこり笑って、こんにちは、といった。教師が雑貨店に来てはいけない、という法はない。
続いてドアの陰から、背の高い人の姿が現れた。
「あ、いらっしゃい」
私を見て、穏やかな声でいう。店長だった。
青山先生は、明日よろしくね、と小さい声でいいながら脇をすり抜けた。店長が、ありがとうございました、と彼女を見送って、ドアの『Closed』を『Open』にひっくり返した。
「どうぞ」
「いいんですか」
「うん。もしかして、覗いてた?」
おかしそうに笑う。見られていたのかな、とちょっと恥ずかしくなった。
「あれって、マジックミラーですか」
「そう。中からしか見えない。よくないよね。時々、外であれを見て身だしなみを整えている人がいて、びっくりする」
「お店、お休みだったんじゃ」
「ああ、今の人が占いしてほしいっていうから。今おれ一人しかいないでしょ。占い中にお客さん来てもレジできないから、閉めてたんだ」
ずいぶん商売気がない話だ。だけど、さっき来たときも閉まっていたようですが。
まさか、ずっと占いしていたとか?
「放課後も菜摘たちと寄ってみたんだけど、そのときも閉まってて。今日はお休みの日かなのかなって思いました」
ああ、と店長は思い至って、「そのときは、大学」
大学?
「本業は学生なんですよ、おれ。ここはバイト。できるときだけ、店を開けてるの」
そうなんだ、この人、大学生だったんだ。そういえば、まだ二十一っていってたっけ。
「今日はゼミの集まりがあって、いつもより遅かったんだ。さっき戻ったところ」
ゼミの集まり。よくわからないけど、いかにも大学生っぽい響きだ。店長は、話しながら占いスペースに消えた。
あのさ、とすぐに中から声がした。パーティションの向こうを覗くと、店長がタロットカードを持ったまま立っていた。
「今の人って、知り合い」
「青山先生のことですか」
「名前は知らないんだけど」
「学校の家庭科担当の先生です」
「そっか」
彼の顔に、気遣わしげな表情が浮かんでいるのに気づいた。
「先生がどうかしたんですか」
「うん」
店長はタロットカードに目を落とす。彼に近づくと、その図柄が目に入った。
奇妙な絵だ。男の人が縛られてつるされている。昔の拷問とか、そんな感じだろうか。
なんにしても、これも『死神』と同じく、いい意味のカードではなさそうだ。先生の占いの結果はよくなかったようだ。
いや、店長は別に本物の占い師ではないのだっけ。となると、このカードには特に意味などないのかもしれない。
「ちょっと気になってね」
店長がいった。
この人が気になる、ということは。