表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の住人たち  作者: misato
Ⅰ.死神~闇のストーカー
21/53

xx.

 店長が店の奥へと消えた。やがてココアの甘い香りととも戻ってくる。両手に持っていたカップのひとつを私に差し出した。

 私は温かいカップを受けとる。湯気がふわりと顔に触れた。

 店長の分はコーヒーらしかった。黙って飲み物に口をつける彼の横顔を見ていたら、また落ち着かない気分になってきた。

「ホントの店長さんって、どうしちゃったんですか」なんて訊いてみる。

「ああ」

 店長はこちらを向いて、

「海外へ行っちゃったんだ。タイとかその辺」という。

「旅行が趣味なんだ。不動産屋の一人息子でさ。この店もあの人のものなんだよ。家が資産家だから、道楽で店をやったり、長期間海外でふらふらしたりできるんだ」

「はあ」

 あの人は本物のオーナーだったのか。私は、なにに対してかはよくわからないけど感心する。世の中にはいろいろな人がいるものだ。

「あの人がいない間、店番するのがおれの役目。その代わり、家賃をただにしてもらってる」

「家賃?」

「この店の奥と二階、家になってるんだ。そこに住んでるの」

「ここに住んでるんですか」

「そう」

 そうなんだ。

 ってことは、ものすごいご近所さん。町内会とかもしかして一緒では。って借家住まいの人に町内会は関係ないか。私だって町内会がどんな活動をしているのか知りもしないし。

 でもなんか、これってすごく普通の会話じゃない? なんだろう、なんか楽しかったりして。

 だけど楽しすぎて、逆に怖いような気もしてきた。外を見ると、もう暗くなっていた。帰らなくちゃ、と思った。

「あの、私、そろそろ帰ります。もう大丈夫ですから」

 私は立ち上がった。

「ああ、ごめん。すっかり暗くなっちゃったね。家どこ。近くまで送って行くよ」

 店長も立ち上がっていう。

 私は首を振った。

「大丈夫です。一人で帰れます。私の家、ここのすぐそばなんです。走れば十分もかからないし」

「走るって、危ないよ」

「いえ、走りませんけど。まだ人通りも多いし。それに、もう魔物は来ないんでしょう」

「うんまあ、たぶん」

 たぶん? と突っ込みたくなるのを抑えて、

「いざとなったら、これもありますから」

 貰った霊符とやらを顔の前で振って見せる。

 店長は腕を組み、思案した後で了解した。

「わかった。じゃあ、気をつけてね」

「はい」

 私はドアに行きかけて、立ちどまり振り返った。思い切って、今まで誰にもいったことのない言葉を口にしてみる。

「また──遊びに来ても、いいですか」

「おれの力が気にならないなら、いつでもどうぞ」

「大丈夫、触らないようにしますから」

 私は笑っていった。

「おれも気をつけます」

 彼も笑う。

 やっぱり普通の会話だ。まあ、ちょっと普通じゃないけれど。

「じゃあ」

「うん、またね」

 店長が扉のところまで来て見送ってくれる。

 さっきまでの怖ろしい出来事も忘れて微笑んでいる自分に呆れながら、私はこれまで感じたことのないような晴れやかな気持ちで店を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ