xiv.
「まあとにかく、無事でよかったよ」
店長はいった。
そうだった、私はこの人に助けられたんだ、と思い出す。またお世話になってしまったのに、驚きすぎてお礼もいっていなかった。
「あの、ありがとうございました。助けてくれて」
私は頭を下げた。
気にしないで、と彼はいう。
「おれは、あの手のものが見えるんだ。で、多少は追い払うこともできる。まあ、そんなに強い力はないんだけどね」
追い払う。
私は彼が唱えていた言葉を思い出した。
「あの呪文みたいな言葉で魔物を追い払ったんですか」
「呪文? ああ、九字のことだね」
「クジ」
「数字の九に、文字の字」
「九字」
「うん、シンプルだけど強力。おれの力でも充分効く。まあ、相手にもよるけどね」
店長は、なぜか少しだけ顔をしかめた。
それが効いて追い払われた魔物は、いったいどうなったのだろう。私は気になった。
「消えたあれは、どうなったんですか。死んじゃったの」
「いや、死んではいない。魔物たちがいる闇の世界、つまりは本来いるべき場所へ戻っただけさ」
死んでないんだ。ってことは。
「じゃあ、また来たりするとか」
「あれはまあ、大丈夫だと思うよ」
「ホントに」
「君なら、食糧補給をするのに、危ない目に遭った上に目的も達せられないかもしれないってところへ二度も出かける?」
「でも」
男の目に燃え上がった怒りを思い出す。
「すごく怒ってた」
「それは、敵わないと思ったからだ。明らかに自分の方が上だと思う相手に、あんなふうに怒ったりはしない」
店長はあっさりいう。
そっか。そういうものなのか。
「でも念のため。これあげる」
彼はポケットからなにかをとり出して寄こした。
「持ってて」
白い小さな長方形の封筒だった。
なんだろう。封がしてあったので持ち上げて光に透かしてみる。奇妙な模様のようなものを描いた紙が中に入っているのがわかった。
「なんですか」
「霊符だよ」
「レイフ?」
「ええと、幽霊の霊に、切符の符」
「霊符」
私は繰り返した。
なんだか、すごくうさんくさい気が。
「あ、今、うさんくさいとか思ったでしょ」と店長。
私はにっこり笑って誤魔化した。
「まあ、お守りみたいなものだよ。お守りなら持ってるでしょ。縁結びとか」
「持ってません」
「じゃあ、交通安全とか学業向上とか」
そういえば、子どもの頃貰ったものが机の抽斗に入っていたかも。
「効くんですか」
「まあね。魔物への対策の一番は関わらないこと。万が一、関わってしまった場合はとにかく逃げ出すことだ」
彼は目で封筒を示して、
「これは逃げる隙をくれる。信用できる人間が作ったものだから、ちゃんと効くと思うよ」
「あなたが作ったんじゃないんですか」
「うん。作ったのは、おれの兄さんでね。おれと違って強力な術者なんだ」
術者。術を遣う人、という意味だろうか。
私は怪訝な顔をしたらしい。店長は笑って謝った。
「ごめん、わからないよね。祈祷師、とでもいえばいいのかなあ。それならわかる? まあ、なにか普通のやり方では解決しない怪異があったときなんかに、最後に人が頼みにするもの、かな」
祈祷師、のようなもの?
世の中に本当にそんな仕事をしている人がいるんだ。なんだかとっても怪しい感じだ。だけどさっきのあれを見てしまった以上、それは実際に必要な職業なんだろうと思わざるを得なかった。
それにしても。