xiii.
私は彼を見たまま言葉の意味を反芻した。
人間じゃない。人間じゃ──。
私は頷く。頭のどこかで、薄々そう感じていたことに気がついた。
あの不気味さ。禍々しさ。およそ人とは思えなかった。あれが普通の人間だという方がよほど怖ろしい。
「ってことは、幽霊、かなにか」
「うん、いい線いってる」
私が、彼のいったことを頭から否定したり、とり乱したりしなかったからだろう。驚きと感心が入り混じったような口ぶりで店長は応じた。
「この世のものじゃないっていう点ではね。幽霊は違うけど」
「じゃあ、なに」
「オーラ・ヴァンパイア。魔物だね」
なにをいわれても、さっきの消失場面目撃よりは驚くまい、と思っていたけど、さすがにこれにはびっくりした。
「魔物? ヴァンパイアって、吸血鬼のことですよね」
「そう。でも、あれが吸うのは血じゃない。オーラ、まあ生体エネルギーとでもいったらいいのかな。それが主食」
「主食って」
男の手が私にのびてきたことを思い出す。あれに捕まっていたら、エネルギーを吸われていたということか。
生体エネルギー。私が生きている力、みたいなものだろう。それを吸われたら、どうなっていたんだろう。
「危ないところだったんだよ。あの手に触られたら、場合によっては一瞬で心停止」
店長は穏やかな笑顔でいう。そんな顔でいわれても。
「死んじゃうんですか」
「必ず死ぬとは限らないけど。可能性は高いね」
背中に鳥肌が立った。
「でも運がよかったよ。場合によっては、助けることだって無理だったかもしれない」
「どういう意味ですか」
本当に運がよければ、こんな目には遭わないだろう、と思いながら私は訊いた。
「ああいう弱い魔物は、普通の元気な人間を一気に襲うことはできない。だから目をつけた後、しばらく怖がらせたりして、相手を精神的に弱らせる。で、適当なところで襲う」
それはまさに、さっきまでの私の状況?
「つまり、狙われてから襲われるまでに多少時間があった。その間に気づいたから助けられたんだ。もっと力の強い魔物だったら、そんな手間はかけないよ。目をつけた瞬間にもう襲ってる。助けるのはほとんど無理だ」
無理って。
改めてぞっとする。やっぱり運がよかったのかも。でも。
「目をつけられたって。なぜ。私のせい?」
「連中が狙うのは大抵、十代の子なんだ。彼らの目的は相手を殺すことじゃなくて食事だからね。なるべく効率よく、楽にいきたい。ティーンエイジャーってだいたい、身体のエネルギーは充分だけど、精神的にはまだ発達途中で不安定でしょ。ちょっとしたことでネガティブな感情を抱きやすい。そういう感情って魔物と親和性が高いから、襲いやすいんだよ」
そうなんだ。
「その上、君の場合、最近なにか悩みごとを抱えていたんじゃない。あの男のこと以外で」
きっと母の別居のことだ。私は頷いた。店長も頷くと、たぶんそのせい、といった。
「それで気持ちが落ち込みがちになっていて、魔物の目に留まったんだ。最初から弱っていれば、余計襲いやすいからね」
そうだったんだ。
どうにも信じられない話だけど──。