xii.
「なんで」
なんで、あなたが。
いや、その前に、あの男はどこへ消えたの。これも夢の続き?
頭が真っ白、とはまさにこのことだ。またも貧血を起こして倒れそうになったところを、彼に支えられた。
「大丈夫?」
この前のようになるのを警戒してか、相手は私の様子を見ながら、手を離そうか離すまいか迷っているふうだった。
「すみません。大丈夫です」
私はいったけど、実際はとても大丈夫などという状態ではない。いったいなにが起こったんだろう。頭が混乱して、うまくものが考えられなかった。
「とにかく、うちの店で休もうか。歩ける?」
彼がいい、私は黙って頷いた。
彼に従って店まで行った。扉のプレートを『Closed』にしたまま彼は私を中に入れ、レジのそばの椅子に座らせた。少しの間店の奥に消えて、湯気の立つマグカップを持って戻ってきた。
「紅茶。落ち着くよ」と私に手渡す。
ふわりと漂う湯気はオレンジの香りだった。カップの温かさを手に感じながら、ちょっとだけ甘い紅茶を飲む。幾分気持ちが整理され、現実の世界に戻ったという気がした。
「あの、店員さん。どうして」
いいかけて口ごもった。聞きたいことがありすぎだった。
「今日から店長なんだ。代理だけどね」と彼がいった。
店長? と私は思う。
えー、すごいですね。でも前の店長さんはどうしちゃったんですか、とかなんとか菜摘たちならいうところだ。
他愛のない普通の会話。私もそういうのができたらいいのに。
だけど今は、それどころではない。私は落ち着きを取り戻しつつあった。では店長さん、質問させてください。口を開きかけると、店長が微かに笑った。
「どうしてあの男が消えたのか」
静かな口調でいう。
「あと、どうしてあなたが消したのか、かな」
「あなたが消したんですか」
やっぱりそうなの? どう見ても、そうとしか思えない状況ではあったけど。
「うん、まあ、そういうことになるかな」
彼は肩を竦める。
だけど、人を消すなんて普通できるはずない。いったい何者なの、この人──。
私はまた彼が怖くなり、知らないうちに椅子から腰を浮かしかけた。
「まあまあ、そんなに怖がらないで。説明するからさ」
彼は片手を上げて、やんわり私を制した。
私は迷ったけど、このまま逃げ帰ったところで気になって仕方ないだろうと思い直す。再び椅子に座り、意を決して店長に目をやった。
「信じられないかもしれないけど、さっきの男ね、あれ、人間じゃなかったんだ」
店長はいった。