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家の裏手の道は狭くて人通りが少ない。心細くなって、五十メートルくらい向こうにある大きな通りを目指した。ひとつ角を曲がると次第に行きかう人の数が増え、ほっとする。そういえば、もう少し行くと昨日の雑貨店だ。
そのとき、私は男を見つけた。
昨日の、あの男。ほんの数メートル先の電柱の後ろに立っていた。
やっぱりいた、と思った。こうなることがわかっていたような気もした。見つけられるために外出したんじゃないかと思ったくらいだ。
男は電柱の陰から進み出た。こちらへ──私の方へ。
私ははっきりと感じた。この男は、ただ私を見ていただけではない。なにかもっと邪悪な目的があるのだ。本能的、というものだろう。蛇に睨まれた蛙のごとく身を竦ませながら、私は近づいてくる男をただ見ていた。
不気味な目。
全身を包む禍々しい気配。
人って、こんなにおぞましくなれるものなんだろうか。
叫びたいのに声が出なかった。逃げ出したいのに身体が動かない。あの嫌な夢と同じだ。
私は目だけで辺りを見まわした。
昼下がりの明るい街。何人もの人がすぐそばを通り過ぎていく。なのに誰もこちらを見ようとはしない。
なぜ?
人がこんな悪魔みたいなストーカー男に襲われかけているというのに。
見て見ぬふりではなかった。誰も気づいていないのだ。私とこの男だけ、同じ場所なのに別世界にいる。そんな気がした。
もしかして、これも夢なんだろうか。そうだったらいいのに。
夢の続きが繰り返されるように、男の手が私にのびる。私は目を閉じた。
「下がって!」
耳元で声がした。同時に誰かが私の右腕をつかみ、後ろに引いた。よろめきながら目を開ける。腕が離され、勢いで後ろのブロック塀に寄りかかった。
目の前に背の高い人影があった。私と男の間に立ちはだかっていた。男は怯んだ様子で相手を見ている。その目に次第に怒りの色が浮かんだ。
人影は、そんな男をじっと見据えている気配だった。やがて一歩前に出て、なにかいった。私には意味のわからない呪文のような言葉だ。ゆっくり唱えながら、のばした右手の人差し指と中指で空を切る。
腹立たしげにこちらを睨みながら、男は動かなくなった。身体の自由を奪われてしまったらしい。目つきだけが、人間離れした凶暴なものへを変わっていく。今にも飛びかかってきそうに見えた。
が──。
男は突然姿を消した。獣に似た短い叫びだけが、あとに木霊した。
人影がほっと息をついた。よかった、おれの力が効く小者で、と呟く。
私は驚きのあまり言葉が出なかった。
「ごめん、壁にぶつかったかな。大丈夫だった?」
振り返った顔を見て、更に驚いた。
「あ、昨日の」
どうも、とにっこりする彼は、『雑貨 オリエンタル』の占い師店員だったのだ。