標的
「氷華ー! こんなとこにいた」
テミスなんたらが去ってから、すぐに朝月が駆けつけた。
「ごめん、ちょっと気になることがあってさ」
「そっか、ならしょうがない」
いいのか? 朝月の良いところはこういうところだ、どんな状況でも何となく察してくれる。そんか朝月だったから友達になれたのかもしれない。
「氷華ってサークル入ってたっけ?」
「いや、入ってないけど、、、どうしたの?」
「何もしてない割には、体格いいなって思ってさ」
そうなのか、この体格も僕が願ったからそうなったのかな。もちろん、そんなことを言えるわけがない。
「家で運動してるから」
「筋トレとか?」
「うん、そんな感じかな」
「ふーん、、、」
なんだかんだと他愛のない話をしていると食堂に辿り着いた。今日の日替わりメニューの前に行き、カレーという噂は本当なのか確認する。
「本当だ、カレーだ。 朝月、買ってみる?」
「うん、買うよ! 氷華買わないの!?」
「泣くなって! 買う買うっ!」
朝月の目に涙が溜まっていたので焦った。こんなことで泣く大学生が居てはダメだと思う。
「カレーライス日替わりランチ版二つね」
涙目の朝月と一緒に食券を食堂のおばさんに渡す。
「おばさん、いつもの人は?」
朝月が、食券を受け取ったおばさんに質問する。確かに、この人はいつもの人ではないが、おそらく休みなのだろう。
「今日は休みなのよ」
おばさんは、そう言いながらカレーを差し出した。出てきたのは変わったところは特にない普通のカレーだった。朝月と一緒に二人用の席について口に運ぼうとスプーンを動かそうとしたところで、隣の席の人が倒れた。ピンときた僕は咄嗟に朝月が手にしていたスプーンを弾き飛ばした。
「うわっ!?」
いきなり吹き飛んだ自分のスプーンと倒れてきた隣の席の人、両方に驚いているようだ。
まわりを見渡すと僕達以外の全員——、数十人が倒れている。
「朝月、そのカレー絶対に食べるなよ」
「うん、この状況見ると流石に、、、」
倒れている人のテーブルには必ず、食べかけのカレーが置いてある。ということは、原因はカレーで間違いないだろう。
「惜しいなー」
静かになっていた食堂に僕達以外の声が響き渡る。振り向くと数人の見知らぬ人が立っていた。
「もう少し、来るのが早ければなぁ、、、君達もこうなっていたのに」
白いスーツ姿の男はそう言って、倒れている男の顔を爪先でつつく。
男が手を挙げると周りの黒いスーツ姿の人達が銃を取り出して銃口をこちらに向けてきた。
「ひっ、、、!」
朝月は、僕の後ろに隠れる。幸いこの席は窓際だから逃げたければ窓を突き破ればいい。
身体能力全般を底上げしておく。テーブルやイスを使えばそこそこ戦えそうだけど、それは彼らの話を聞いてからにしよう。
「何が目的なんですか?」
「君の事を解剖する。 現代には異能力者について研究してる組織は山ほどあるから先手を打ちたくてね」
「解剖、、、」
朝月は僕の後ろで既にうずくまってしまっている。 それにしても、まいったな。 いつから僕の能力の事がバレていたんだ?
「まぁ、君がプールなんかを壊さなければこんな事にはなっていないよね。 はははっ、全く馬鹿だね」
そうか、プールの時からバレていたのか。 目的も分かったし、こいつらから逃げ出さないと。
まずは銃口を塞ごう、それからこの後ろの窓を消しさる。 少し念じるだけで全ての事が現実になる。じゃあ、とりあえずは自滅してもらおうかな。
「頭は狙うなよ、、、撃てっ!」
食堂に銃声が鳴り響く、次に聞こえたのは悲鳴。
「手がぁぁぁ! 何でだよぉぉぉ!」
黒スーツ達は全員、うずくまっている。 今だ、テーブルやイスを操りスーツ男達へとぶつける。
「朝月! 行くぞ!」
朝月の服を引っ張って、さっきまで窓だった部分から外へと出る。幸いなことに人が近くにいないからか、騒ぎにはなっていない——、と思いきや、四方八方からたくさんの人がこちらへと走ってくる。
「いたぞ! UPL2に先を越されたと思ったが間に合いそうだぞ!」
「殺さなければ何をしてもいい、我らUPL4が絶対に捕らえるぞ!」
「UPLの奴らは殺さなければ良いなどとほざいているが、無傷で保護しろ! 他の奴はどうなっても良い!」
「異能力者は我々の敵だ! 跡形も残さずに消し去るまでだ!」
いくつかのグループに分かれてるらしいが僕に何かして来そうなのは変わらないだろう。
「朝月伏せてて、すぐ終わるから」
地面が隆起するイメージをする。その瞬間、地震が起こったかのように地震がぐねぐねと動き出した。足場を取られた奴は地面へと倒れこむ。そして自分を中心として重力を三倍にする。
「かっ、体がっ、、、!?」
「動け、、、ない」
このまま重力を何倍にもして潰してやりたくなった。何故僕に関わるんだ? 僕は欲しくてこの能力を手に入れた訳じゃない、むしろ手放したいくらいだ、、、いや、それは出来ないかもしれない。僕は一度楽をした人間だ、既にこの能力に依存しているのかもしれない。
「氷華、もういい?」
不安気な声が聞こえてハッとする、僕を追ってきていた連中は全員気絶していた。重力を緩める。
「うん、おわったよ」
「よかった。一体、、、何が?」
「どうやら、僕は狙われてるみたいなんだ」
「じゃあ、何でそんなに冷静なの? もっと混乱しているのが普通じゃない?」
胸の奥がチクリと痛んだ。 普通ってなんだ? 僕は普通じゃないのか? 頭の中をグルグルと普通という文字が駆け巡る。そして、一つの答えへと辿り着いた。
「普通じゃないよ、だって僕は——、化け物だからね」