勘違い
結局、ウイルス対ナチュラルキラーの戦いは、3時間の戦闘の末、ナチュラルキラー隊は何一つ損失を出さずウイルスの抹殺に成功した。
昨日の、夜7時ぐらいから中継をやっていたので、僕もそれを見たが、特に手塚の姿が見えることもなく戦闘は終わった。
まあ、30分ぐらいから急に眠たくなって寝てしまったが、今朝の新聞を読む限りでは、どうやら手塚は無事そうだ。いや、というよりは確実に無事だ。
昨日の夜10時ぐらいに帰ってきたらしく、相当疲れていたのか今日の朝、僕が目覚めると手塚は床で寝ていた。声をかけても、叩いても、蹴っても起きなかったので、とどめとして強烈なかかと落としを腹にくらわせる。「ガハッ!」という叫び声と共に手塚は起きあがった。しばらく困惑していたようだが、僕にも仕事があるのでさっさと書類を持って部屋を出た。
手塚にかかと落としをくらわせて、もう数十分はたった。さっきから、僕の足は蟻のようにせっせと働いているが、さすがに足腰に疲労がたまってきた。千代さんから送られてきた書類を、一秒でも早くあいつの所へ届けなければいけない。
そう考えただけでも、大きくため息をついた。持ってきた書類の中身は…ちょっと子供には内容を言えない本だ。強いて言うならいかがわしい本ということになるが…。まあ、そんなことは説明する必要もない。しかも、この本は僕が見るわけではないのでなおさらだ。
僕はこの書類を取ってくるように言われただけであって、決して僕が見るわけではない。この本は、この人体の中の感情を司る中枢、前頭葉に住んでいるあいつのところに持っていかなければならない。いつも机に向かって仕事をしている僕にとっては、あまり遠いところへは行きたくないのだが…。しかし、あいつの友達といえば数えるほどしかおらず、その中でも特に仲がいい僕に仕事を頼むのは、仕方のない気もする。
前頭葉に向かう長い長い道の途中では、この人体に住んでいるたくさんの住人達が声をかけてくれる。
「足立君!この間の戦い、テレビで見てたわよぉ?」
この人は、さっき話した側頭葉に住んでる『記憶屋の千代』を経営している千代さん。
「おー!足立か!!お前さんの活躍、ここにいるみんなが知ってるぜ?」
言いながら僕の頭をかきまわすこの人は、側頭葉に住んでる『嗅覚屋の菊蔵』を営んでる菊蔵さん・・・・だったはず。
「あー!足立さんだ。サイン下さい!!」
側頭葉に住んでる、たくさんの子供たち。
皆僕にたくさんの声をかけてくれるのは嬉しかったが、僕には全くテレビに出た覚えがなかった。第一、千代さんや菊蔵さんはいつもなら軽くあいさつする程度なので、ここまで優しくされると妙に怖い。最近テレビ何があったかな、と考え込んでいると…
「? でも、テレビに出てたお兄ちゃんと髪の色が違うよ?」
一人の小さな男の子が呟いた。。その言葉を放って数秒後、辺りは静寂に包まれた。しかし、その静寂も束の間。しばらくして、辺りがざわつき始める。
「確かによく見てみれば、髪型もちょっと違うような…」
「あっ!制服の色もちょっと違う気が…」
さっきまでの優しい空気が、段々変わってきた。僕を睨みつける人も出始めるし、子供たちは『ウソつき!』という始末、だんだん罵声も飛び交うようになった。
『僕は昨日のテレビに出てませんよ?』と言いたかったが、それを言うとさらに反発を買うような状況になると考え、その言葉を口にしなかった。しかし、言おうが言うまいが、状況は変わらなかった。
相手が勘違いしただけなのに、勝手に話が進んでった。こういう気まずい空気には全く耐性がない僕は、罵声が飛び交うその中を、全力疾走で駆け抜け前頭葉に向かった。




