部屋
その言葉を放って、その声で目が覚めた。一瞬戸惑ったがすぐに、夢だったんだ、と気付き、僕には大きすぎるほどの毛布を蹴飛ばす。まだ朦朧とした意識の中で、毛布を畳み、洗面台で顔を洗う。今日も仕事が待っていることを思い出すと、思わずベットに飛び込んでしまいそうになってしまった。
その時、僕の部屋のどこかからかすかな低い声が聞こえた。
「足立輝政くーん・・・・どこにいるぅ・・・・」
その声を聞いて、即座に誰かが分かった。ルームメイトの手塚志堂だ。
手塚は僕とは正反対の性格で、とても豪快で仕事が大好きなやつだ。僕とは全く話が合わないが、それでも結構強引に話を持っていけるところは尊敬している。そんな手塚は、寝るときにいつもアイマスクを付けるくせがある。
アイマスクを付けたからといって、特に寝やすくなるわけでもなく、逆に今のような状況になってしまい、大体いい方向に転んだことがない。
僕が、飛び込んでしまいそうになったベットの下を見る。ぼくの予想通り、手塚は布団の中で汗をビッショリかきながら、もがき苦しんでいた。僕はため息を短くつき、ゆっくりしゃがんで手塚のアイマスクを取る。とった瞬間、手塚はすごい勢いで体を起こした。
手塚の頭と激突しそうになった僕は、ギリギリで体を反らした。手塚が、若干充血した目でこっちを見てくる。手塚の頬を、汗が一滴二滴とつたって落ちる。しばらくして、手塚の方から視線を逸らす。手塚はしばらく頭を掻き毟った後、またこっちを見て尋ねた。
「足立…お前、俺の手柄とってんじゃねえよ!!」
一瞬僕は茫然としたが、数秒後、手塚の頬を黙って平手打ちした。結構な音が鳴り、手塚は布団の中にダイビングした。すぐに起き上がり、反撃する。
「いってえなあ。何すんだよ!!」
「こっちのセリフだ!こちとら助けてやったのにその反応は無いだろ!?」
すぐに怒号を浴びせると、怯むこともせず即座に謝ってきたので、また短くため息をつくだけで済ませる。手塚が起きあがろうとするので、僕もその場から離れる。
まだ仕事までは時間があるようなので、今日のスケジュールを確認する。…
「うっわ……」
思わず声が出た。僕が確認できただけでも、『AM10:00 現在の人体についての議論 前頭葉集合』と『PM3:00 後頭葉で外の空間を見る体験 後頭葉』…面倒くさい。
ここから脳までの距離は、人間の感覚で計算すると4km位だ。一応、体内にも電車のようなものはあるが、乗るのに1000W(体内でのお金。1Wは1円程度)必要なので、節約に気を付けねばならないのでほとんど使わない。。しかし、4kmほどの道を一日に何往復もすることは相当辛いので、電車は相当疲れた時や、急いでいる時に使うように僕は心がけている。
と、その時、スケジュール表を見ていた僕の目の前に手塚が立った。最初は、手塚が立っていたことさえ気づかなかったが、よく見るとすごい形相でこっちを見ていることが分かった。その顔の意味を解読するのに時間はかかったが、結構すぐに分かった。
「手塚ァ…おまえ、また無駄遣いしたな!!」
間髪いれず、手塚も泣き叫ぶ。
「すまん!!10Ⅹ貸してくれ!!」
僕の心の中で、少し殺意がわいた。考えるより口が先に動いた。
「おまっ…10Ⅹ!?ふざけんな!!そんな金どこで使ったんだよ。」
10Ⅹと言えば、人間の金で換算すると10万円程度の大金だ。金のことでは思わず叫んだが、手塚の金のはけ口の数など高が知れていた。
「ごめん。昨日、ゲームセンターで金使いきっちゃって・・・」
分かっていたはずなのだが、殺意が倍増した。今すぐにでも、首を叩っ切りたい気分だったが、我慢し、黙って財布を出す。
「10Ⅹ……ぎりぎりある。ほら!」
財布の中にあった金を惜しみながら、手塚に渡す。手塚の顔はすぐに輝き、腕を振り下ろすように僕の金を取る。こいつには遠慮というものが全くない、そのことがまた再認識出来た。金を渡した後、しばらくして、部屋に放送が掛かった。
「ナチュラルキラー隊の皆さん。ウイルスがこの体内に侵入いたしました。直ちにパトロールを開始して下さい。」
ナチュラルキラー隊とは、世間一般で言う『ナチュラルキラー細胞』のことである。ナチュラルキラー細胞は常に体内をパトロールし、がん細胞、ウイルスなどを殺し、人体の健康を保つ細胞のことである。つまり、本来なら体内をパトロールしているので、今のような呼び掛けなど必要ない。しかし、呼びかけが起こるということは………
「相当の数のウイルスが入ったのか…」
僕の言葉に手塚も黙って頷く。今回の件は、僕には全く関係ない話だが、手塚には大有りだ。手塚は、さっきとは見違えるような顔で、銃を取り、服を着替える。そう、手塚は『ナチュラルキラー隊』の一員なのだ。
ドアに走って向かった手塚は、ドアを開ける直前でこっちを振り向いて言った。
「金絶対返すから!!」
僕が強面で頷くと、手塚は笑顔でドアを開けて走って行った。




