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第七罪 断罪の日々

 俺はあの部屋に戻っていた。さっきと同じようにソファに座り、同じように目の前ではコーヒーが湯気を放っていた。部屋の様子も全く変わっていない。あれ、さっきまで目の前にあった不気味な十字架は?

「これで君もオカルト研究会の仲間入りやな」

 そう言う杉山顧問。相変わらず窓から見える校庭の様子を気にしている。

「エニグマッ!!」

「安心せい、あいつらは他の部員が倒してくれる」

 ふとさっきまでと部屋の雰囲気が違う事に気付いた。

「なっ、なんだこれっ!?」

 思わず声を張り上げた。杉島先生の隣に不気味な化け物が立っている!

「やっと、お会いできましたね。私は秋山葵の死神、リンと申します」

 し、死神? なんなんだこれ。悪い冗談はよしてくれよ。

「自己紹介なんて後にしろ。それより秋山、手続き書類を」

 その偉そうな会長の隣にもこの世の生物ではない、何かが立っていた。目つきが相当悪い。よく童話なんかで聞く鬼のイメージをちょっと西洋風にした感じのあの化物。杉島顧問の隣に居る化物となんら違いはないが、それでも目らしきものも口らしきものもあってあっちよりかは人間っぽい。でも明らかに人間ではない、化物だ。

「てめぇ……よくノコノコとこっちこれたなぁ、おい?」

 化物に喧嘩を売られた。この声、どこかで聞いたことがある。

「久しぶりね、キルマーク……いや、今はキスマークだっけ? 随分、いい名前つけて貰ったじゃない?」

 俺の後ろからも声がする。その声に釣られる様に反射的に振り返った。

「うわああああああああっ!!!」

「ご主人さま、さっきから叫んでばっかりね……こんなんで私、使えるかしら?」

 俺が振り向くとそこにはまた化物が立っていた。今度は吸血鬼みたいな感じ。口からは異様に長い犬歯。高貴な雰囲気だけど背中から不気味な翼が生えてるし、パッと見は人間見えなくもないけど人が持たぬ部位がある時点で俺はやっぱり化物と判断した。

 あまりの恐怖と驚きに言葉を無くした。本当に身体が動かない。

「化物、化物ってさっきからうぜーな。俺らは死神だ、あんなクソ人間様どもが考えた陳腐な想像物と一緒にすんじゃねぇ」

「し、死神……?」

 さっきの人間の子供の姿をした死神、ノルンを思い出す。だが容姿があまりに違い過ぎて、明らかにこっちは化物、未確認生物だ。

「これにサインをお願いします」

 俺が腰を抜かしてアホみたいに怯えていると、女が化物達をもろともせずに俺たちの間に入ってきた。すばやく俺に一枚の書類を差し出した。

 どこにでもあるA4の普通紙に書かれていたのは。

「入部届だ。正確にはここは部ではないがな」

 と生徒会長。ゆっくりと彼女の方に顔を向けた。俺の後ろの化物は何も危害を加えてこない。別に警戒すべきものではないのか?

「要するに君にこのオカルト研究会にはいってもらいたいんや。なぁ、愛ちゃん?」

 顧問の杉島先生が不思議な笑みを浮かべながら会長に話しかけた。会長は無表情のまま言葉を返す。

「先生、いくら顧問と言え私を愛ちゃんと呼ぶのはやめて頂きたい。反吐が出ます」

 俺も康助になっちゃんと呼ばれる度に同じ様に注意するが、何もそこまで言わなくても。

「会長、言葉に気を付けてくださいね?」

 と秋山さん、言葉は優しいけど、眼の奥が笑っていない様に見えるのは気のせいだろうか?

「…………」

 会長が急に黙った。心なしか何かに怯えている様に見える。

「早く、要件話しなさいよ」

 俺がその声に驚いて振り向くと変わらず吸血鬼の化物が平然と立っていた。

「何よ、私に何か用?」

 俺の視線に気づいたのか、吸血鬼が話しかけてきた。

「えっ、ななっ、何でもないですよ?」

 こえぇぇ……。眼が本気で殺される勢いだ。

「そう? ならいいんだけど。早くしなさいよ、そこのバカ女!」

 その視線を会長に戻した。あの会長にバカ女とは怖いもの知らずな化物だな。

「確かに。入部って、いきなりどういう事なんですか?」

 なんとなく吸血鬼に加勢してみた。なぜだか分からないけどこの吸血鬼と俺は同じ匂いがする気がした。

 俺と吸血鬼の言葉を返す様に咳払いを一回。

「君たちは所謂、KY(空気読めない)ってやつらか?」

 なんでこんな喧嘩腰なんだろうか? 一回でも美人だと思ってしまった自分を殴りたい。

「それって……」

「それってどういう意味よ、屑女!」

 俺のセリフに被せて後ろの吸血鬼が罵声を浴びせた。今回ばかりは思わず内心彼女の事を応援してしまった。もうちょっとひねりが欲しかったが。

「秋山、このバカでどうしようもない奴らに説明を」

 なんか反抗してきた! ってか自分で説明しろよ!

「自分で説明しろよ!」

 吸血鬼が負けじとそれに返すがあっさりと無視。

「では、バカでどうしようもない奴らさん。私が鈴木会長に代わって説明します」

 ずいっと俺と会長の間に割って入ってきた秋山さん、あんたもそっち側か。

「あんたか……。まぁビッチな事に変わりはないけど、あの女よりかマシよね?」

 吸血鬼は俺を覗き込んできた。こうして見るとこの化物達の中じゃ一番人間に近い顔をしている。背中の翼さえなければ、茶髪の美少女に見えなくもない。そこらの人間の女よりよっぽど美人だ。

 なんて周りに女性が居るのに失礼極まりない。しかし、こんな変な人達と得体の知れない化物に囲まれた空間じゃこんなことでも考えてないとおかしくなりそうだ。今まで俺が思い描いていた高校生生活とはかけ離れ過ぎている。

「この大桜高校オカルト研究会は、そもそも本来は――」

「おい、その話はまだするな」

 は? 急に会長がようやく説明を始めた秋山さんの言葉を遮った。何か俺らには聞かれたらまずい事だったのか? でも聞くなと言われたら余計聞きたくなるのが人間の性って奴だ。それにそんなことを隣の吸血鬼が許してくれるはずないだろう。

 意気揚々と横を見た俺だったがその吸血鬼の顔を見て息を飲んだ。その目は野獣が獲物を狙うかのような鋭いものでその視線だけで相手を殺してしまう程のものだった。

 いくら異様な親近感の湧く相手だとしても、やっぱり化物。もっと警戒しておかなくては。俺は吸血鬼にばれない様にそっと間を開けた。

「申し訳ございません、この話はまたいずれ致します。お気を悪くなさらないでくださいね?」

 申し訳なそうにぺこりと謝る秋山さん。会長は……するわけないか。そこまで言われたらこっちもこれ以上の詮索はやめておこう。あんまりこの連中とも関わりたくないしな。

「分かった、お前のその謙虚な態度に免じて許すよ。続けて」

「はい、ありがとうございます。では、続きを」

 さっきの雰囲気と打って変わって真剣なムードに。ピリピリと音が聞こえてきそうだ。

 ピリリリリ……ッ

 本当に聞こえてきた!

「……こちら本部。どうした?」

 と思ったらただ外からの通信が入っただけのようだ。

「本日の出現エニグマ、全体排除確認。迎撃部隊、帰還します」

「了解。各研究員は負傷及び死亡数報告後、帰宅せよ」

 と会長は手元のマイクに向かって話すとまた元の偉そうな座り方に戻った。

「……続けろ」

「はい、私たちオカルト研究会は主にエニグマ撃退を目的に活動しています」

 エニグマ、あの血塗れの化物か。

「最終目的は、罪からの解放です」

 罪からの……解放。

 その言葉が何故か俺の心を酷く締め付けた。やはりそれが目的か。

「貴方も知っての通り死神を持つ者はその大小に関わらず、罪を抱えた高校生です。このオカルト研究会は死神を持つ人々の集まりです」

 部室は心地悪い静寂に包まれている。

「死神を持つ者は他の死神を見ることができ、さらにあの異様な生物、エニグマを確認できる。そうやってこの研究会は出来ました」

「……ではオカルト研究部員は全員」

「理解が早くて助かります。貴方の通り今学校にいる生徒は全員、罪人。罪を償う者達です」

 ノルンの言うとおりだ。こいつ等も俺と同じように罪を抱えて生きているってことは。

「じゃあ、みんな不死身――」

「ふざけるなっ!!」

 もの凄い音を立てて部室のドアが開いた。入ってきたのは、白い学ランの生徒と死神。うちの生徒じゃないのか? 凄い鼻息だ。

「俺は、俺は」

 その男は真っ先に俺の前まで来て俺のブレザーの襟をつかんできた。すごい力で持ち上げられ、マンガの様に首つりの状態になった。息が出来ない。

「な、にを……」

 男に俺の声は届かない。襟をつかむその両手には怒りとも悲しみとも取れる力が込められていた。そのうちに男は目から一筋の滴を流して言った。

「俺はなりたくてこんな身体になったんじゃない! お前は分からないだろう? 俺らは死なない。いくら傷を負っても、どんな痛みを受けても! でも俺達のそんな痛みや傷を、自分たちの身近な人たちが引き継いで死んでいく。この痛みがこの苦しみが、お前にはわかんねぇだろ? なぁ、なんで、なんでなんだよ姉さん……」

 男はそのままその場に崩れて言った。俺はそれをその男の痛みを、苦しみを聞いてやることしかできなかった。男は泣いていた、その罪を恨んで。その罪を悔いながら。

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